| タイトル | INNOCENCE |
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| 名前 | S.Naitoh (管理者)さん |
| 日付 | 2004/02/10 18:17:14 |
| 『どっかしらの根拠になったりするんだよね。アニメは全部、絵だからさ、あからさまに絵だから。 こんな奴何処にもいないよってトコロから出発するから、だから逆に出来るんじゃないかってさ。 非常に純粋な形で。 --押井守』 "アニメなんて"とか、"いい年して"とか、言われることは多い。 トレンディードラマなんかの方が余程"大人の娯楽"らしい。 でも、ステロタイプの恋愛とか、空々しい舞台設定とか、ドラマに見えるのはそういうものばかりで、 "まがいもの"の臭いが鼻について子供の頃から苦手だった。 もちろん、アニメにも掃いて捨てるほどの軽薄で空虚な作品があって、 でも、中には月9のドラマよりずっと深い部分を恐れ気も無く-実は無謀なんだろうケド(笑)-描いてみせるアニメがあって。 漫画原作(に関わらず)のドラマが見せる非現実的な物語があんなにも虚偽に満ちて見えるのに、 荒唐無稽なはずのアニメが本気で真実を語って見えるのは何故なんだろう。 『フィクションのリアリティー』『"unreal"故のreality』というものを以前から考えてきた。 生身の人間が演じれば到底笑い話にしかならないだろう(それを大真面目に見せられるきちんとしたSFXもあるわけだが) 世界というのは、我々自身の等身大の生活感覚と密着した"リアリティー"が 枷となって虚構を浮き上がらせてしまうのではないか。 一方で、絵が動くアニメでは、端からフィクションである事が理解できるために、 現実と虚構の障壁を無意識のうちに乗り越えて理解できるのではないか。 こうした漠然とした認識を、その道の人が強い形で意識して作品を作っていると知って 納得できた部分がある。 自分が何かを作ろうとする場合、アニメになるだろうという予感は、 そういう"本質"部分に嘘の照れくささ抜きで向き合えると感じるからではないだろうか。 …もっとも、"現実"味を帯びるほど作りこめる自信がない表れかも知れないが。 | |