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タイトル Adolf's Dream... and Hopelessness
名前 S.Naitoh (管理者)さん
日付 2004/03/11 14:19:53
600万のユダヤ人の生命を奪い、数千万の悲劇を生んだ第二次世界大戦。
アドルフ・ヒトラーの、その政治先導者としての罪過は軽んじられないものであり、
彼は"永遠の汚名"によってその消えない罪を償い続ける。
1千万の涙に対して、1人の、それも悪行のシンボルであった一人の涙など、
比べる事もできないほど無に等しいのかもしれない。
だが、一個の人間にとって、その涙の価値を他者が無視し得るものなのだろうか。
アドルフが後に犯した行為の重さはそれに相応しい非難を負い続けるとして、
アドルフの悲しみは、一人の人間の悲しみだった。
その両者を併せて、歴史上に存在した"アドルフ・ヒトラー"の一部なのだろう。

児童殺傷の少年の仮退院が報道されている。
彼が、これからも長らく、あるいは一生行為に対する呵責を追い続けるのは必然だろう。
だが、そのことと我々が彼を傷つけることは別問題なのだ。
罪は罪であり、情ではない部分で裁かれるべきである。
同時に、そこにいる一個人の悲しみも、一人分の重さを持つことを知っておきたい。
受け入れる人間もまた、大きなアンビバレンツの中に身を置くことになる。

ということを思ったり。
いい映画だとは思う。
カット割とか、洗練された完全な構造というわけではなかったと感じるけど。
でも、やはり感情的に見てしまう私はノア・テイラーに揺さぶられた。
自分のアートへの情熱と拘り、自尊と恐怖。
自分にはそれしかないと信じるのは他に何も持たないことと表裏一体で、
自分には才能があるという自負はそれがないことへの恐怖への必死の抵抗。
そして、遂に絶望に陥った後の、周囲を恐慌に落とし入れながらの転落。
アドルフは、今一人の李徴だったのではないか。
産を破り心を狂わせる程に何かに焦がれた人間は誰も、
夢破れたのち人を食らう虎と成り果てるのか。
彼らの姿に痛ましさを覚えながらも、そこにそうありたい自分を重ね見て憧れを禁じえない。
絵の具を並べ、筆を握り、心の高揚と自分への期待にはちきれそうなアドルフは、
あの時幸せだったのではないか。頬が緩むのを引き締めなければならないほどに。
真っ白なキャンバスに向かうまでは。
"絵を描きたい"という情熱、狂おしい欲求。
そしてその手を動かそうとした時に気付いてしまう自分の中の空虚。
「何かを作りたい」のに「描くべきものが自分の中に見つからない」それは恐怖だ。
クリエイトへの自分の憧れがはるかに強烈な姿でそこにある。
アドルフのように、李徴のように、もっと凶暴に、情熱的に、自分の中の何かを探してみたい。

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