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綴る徒然



2000/07/06

朝は燕、夕暮れ時は蝙蝠が、その役割を担う

燕の巣

最寄りの駅から勤務地までは歩いて15分くらい
近すぎず、遠すぎず、歩いて行くにはチョウド良い。

住宅地や水田の間を抜けて行くコースを通ると
もともと、この地域(兵庫県)の出身ではない私には
ちょっとした小旅行を楽しんでいるような気持ちになれる。
(通勤前に旅行ができるなんて、なんだかトクした気分だ)
と呑気に考えながら歩くのは、ケッコウ性に合っているカモシレナイ、、、

田舎町ではあるが、坂の多い漁港の町(下関市)で産まれ育った私にとって
水田は見慣れぬ存在であり、興味の対象である。

水面下に泳ぐ小さな生き物を見かけるだけでも
ずいぶんと得した気分になれる。
思わず素足になって、田んぼの中を歩いてみたい衝動にかられるが
明日から、この道を通れなくなる事だけは避けなければならないと
こみあげる衝動をグッと我慢する。

ふいに吹くそよ風に、少し頭を冷やしながら
田んぼの周りを見渡せば、羽虫が多い事に気づく
これだけの水があるのだから、羽虫がわくのは当たり前の事なのだが
なんだか妙に納得して関心していると
足元を燕がスッとすり抜ける

羽虫を追いかけた燕が水田の周りを舞っているのだ。

燕が宙に舞う姿を追いかけながら
「軒下に燕の巣ができた家は栄える」と言う迷信を思い出し
燕が田の害虫をついばむから、豊作になって
家が栄えるという意味なのだろうか
、、、と、想い巡らせ、先人達の知恵に関心する。




仕事を終え帰路についた私の頭上を、今度は蝙蝠がすりぬける
フラフラと飛んでいて、今にも人にあたりそうだが
スルリとかわして決して人に当る事はない。

蝙蝠は、朝、昼と活躍した燕に代わって
夕暮れ時に出てくる羽虫を捕食している。
まるで燕が朝担う役割を、蝙蝠は夕暮れ時にはたしているようだ。
しかし蝙蝠は燕ほど感謝もされず
どちらかといえば忌み嫌われるのは理不尽な話だ。

といっても、別に燕も蝙蝠も羽虫も人に評価されようとして生きている訳ではない。
たまたま我々、人間と利害関係が一致しただけの事で
たまたま私が通りがかって蝙蝠の果敢な姿を見かけたただけの事なのだ

しかし、だからこそ、彼らの生活の中に身おくことが、なんとも嬉しい
彼らの捕食は、私を励ます
朝は燕、夕暮れ時は蝙蝠が、その役割を担う



〜 自分宛のeメール 〜

2000年6月19日
「たんぼの上の羽虫を啄むのは、朝は燕の役目、夕暮れ時は蝙蝠の役目」

2000年6月20日
いつも買い物に行くスーパーに燕の巣発見

2000年6月22日
燕の子供の撮影成功、近寄っても好奇心一杯でキョロキュロと辺りを見ている
燕の雛
2000年7月1日
いつものように燕の巣を覗きこんだら燕が羽ばたいて飛び立った



携帯電話:J-Phone SH02

心を捉えた風景を切り出して
自分宛にメールを送信しています。

デジタルカメラ Canon IXY DIGTAL

光学2倍ズーム、デジタル4倍ズームを搭載していますが
飛んでいる鳥を撮影するのは難しいミタイデス
通勤路には野鳥も多いのでいつか撮影したいのですが、、、
今のところは巣の中の燕の雛が関の山です。




メールを送る ttanabe@kh.rim.or.jp