年越し南北大東島 その10


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 朝7時頃目を覚ます。いよいよ今日で沖縄ともお別れだ。朝食バイキングを食べてから9時頃にYHでポラロイドの写真撮影があり、その後3人で記念撮影ならびに住所交換をする。しばらくすると2人はYHを出発していった。

 しばらくキャンプ生活をしたせいか、YHの朝はとても贅沢な感じがする。早起きして米を炊いたりすることもないし、荷物の整理もほとんどないし、テントの撤収も全くない。シュラフにくるまるよりも布団で寝る方が楽だ。寒さの心配もないし、外敵におそわれる心配もない。しかし1泊あたり数千円はちょっと高いような気がする。高いゴアテックス製のテントでも多く泊まっていると1回あたりの値段はどんどん安くなっていく。私のテントもすでに1泊数百円のレベルまで来ただろう。

 そういえば学生の頃に旅をやり始めた頃はマットとシュラフだけの野宿がメインで、そのうちにYHやとほ宿がメインとなり、ここ数年はキャンプがメインとなってきた。だが旅の手段が人力なのは全く変わらない。年々歳を取るにつれて旅の手段もハードになってきたような気がする。普通なら自転車からバイクなど楽なものに変わっていくのだが私は全く変わらない。やっぱり人力の旅が自分に一番似合っていると思う。旅をやり始めのころはキャンプする人はすごいと思っていたが、ここ最近では私がキャンパーとなり、立場が逆転したみたいな気がする。荷物が増えるだけで水とトイレさえあれば宿の心配もないし、とても自由な旅ができる。しかし竹富島や小笠原のようにキャンプ不可のところもあるのでちょっと困ることもある。

 YHのロビーで10:30頃までのんびりとする。自転車の女の人が首里城へ行くと言って荷物を置いて出ていった。私も荷物を預けて出かけようと思ったが、結局は全部持って行くことにする。

 とりあえずは私も守礼の門と首里城に久々に行ってみることにする。キャリアに荷物をくくり、国際通りを抜けて坂を休みながら上り、4年ぶりに守礼の門を見る。前に来たときは塗装がなかったがおそらくは建設当時の色だろうか、朱色に塗装していた。自転車を止めていると、鍵をYHに忘れたことに気づく。とりあえず立てかけてひもを鍵がわりにして守礼の門を抜けて首里城を見学する。喉が乾いてきたので守礼の門近くの露店で椰子の実ジュースを飲む。そういえば4年前はここでゴーヤドリンクを飲んで苦い思いをしたことを思い出す。

 門を数回抜けて首里城の入り口に来たが、入場料がいるとのことで入るのはやめにして外から眺めるだけにする。そして土産物屋や食堂が一緒になった建物に行き、無料の映画を見る。内容は沖縄の城の歴史で、昔は首里城以外にもたくさん沖縄に城があったのだが、今では首里位しか残っておらず、あとはすべて城跡があるだけとなっている。

 再び自転車を止めたところに戻ってみると、自転車は無事あった。また、別の自転車も増えていた。ライダーさんが戻ってきて2,3言葉を交わす。

 来た道をさらに戻り、鍵を取りにYHに戻る。鍵はYHの駐輪場に落ちていた。出発しようとしたらランドナーがいたので話す。雨が降ってきたのでYHの建物に入り、しばらく雨がやむのを待ち、雨がやむのを見計らって13:30ごろ出発する。飛行機は15時発なのでちょっと急いで空港まで最後のペダリング。

 空港で自転車を分解、パッキングして手続きをするが、人が多くて30分くらい待ってからやっと私の番になった。ザックと輪行袋を預ける。今回は超過料金は取られなかった。土産物屋で土産を買い、食事でもしようかと思ったが搭乗口に待つ人の列が長かったのでサンドイッチを買って機内で食べることにする。搭乗口も約30分くらい待ってから入ることができたが、すでに出発時刻をすぎた便に乗る人もおり、その人を先に行かせる。そして私も伊丹行きの便に乗るが、定刻になってもまだ100人ほど乗っていない模様だ。乗客の乗り込みが完了してからやっと出発。外は曇りなので機内備え付けの本を読んだりして時間をつぶす。

 伊丹空港に到着して、機内から出た瞬間寒さを感じた。恰好は下がジャージ、上は長袖にレインウェアしか着ておらず、「ちょっと寒いかな」とも思う。手荷物の回転テーブルは隣が札幌発の便で、ボードケースが多く、乗客の服装も着込みまくっている。出発地によって荷物や服装が全く違う。寒さに震えながら三宮行きのバスを待つ。そして神戸に戻る。

本日の走行距離:16.8km

トータル走行距離:200.5km



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