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仕事に明け暮れたかったのだが 7/31/99

 前から約束していたため友人の医学博士にひっぱられて大川興業第24回本公演『サバイバーパンク』を観に行く。爆笑したところもあったが、今回はちょっと内容が薄かったように思う。
 その後飲みにいきイタリア土産だと言ってなぜかロードランナーのぬいぐるみとサングラスをくれた。それからこの人と飲めば必ずやることになるUFOキャッチャーで、デビルマンのフィギュアとレーザーポインターとそれからワトーとセブルバとダース・モールのフィギュアキーホルダーをとってもらって狂喜する。どうじゃうらやましいか。でもレーザーポインターというのは日常生活でいったいなにに使うの?

仕事に明け暮れる 7/30/99

 でも枚数が減ったりする。

仕事に明け暮れる 7/29/99

 でも進まないのはこれいかに。

仕事場の前が公園化 7/28/99

 ぼくが仕事場にしているところは各階2LDK一世帯ずつになっている三階建てのアパートの二階である。三階には大家であるぼくの高校時代からの友人がいて、一階には若い夫婦が住んでいる。ここの奥さんは大変気だてのいい美人であり、たぶんそのせいで一階の前の自転車置き場付近が最近公園化しているのである。
 つまり近所の子持ちの主婦たちがぞろぞろと集まってきて、子供を遊ばせつつ井戸端会議をするのだ。子供はどれもだいたい二歳前後であり、こういうのが三人もそろうとこれはもう大変な騒ぎである。泣いて笑って喚いて叫んで失禁して脱糞する。母親の方もみんなまだ若いので、これまたかまびすしい。いやあそんなんほんまにいややわああっはっはいやーんええやんかあかわいーとだいたい毎日おんなじことを言って笑っている。
 この狂騒的なパーティはだいたい毎日朝の十時過ぎくらいに発生し、ぼくはすべての窓を開けっ放しにして寝ているため必ず叩き起こされることになる。おかげで最近めちゃくちゃに寝不足である。しかし不思議なのはなぜかまったく腹が立たないことで、ぼくもなかなかに人間が大きくなったものだなあとつくづく思ったりもするのだが結局やっぱり下の奥さんが美人だからなのだろうなあ。
 
iMacそっくり 7/27/99

 新聞を開いてずっこけそうになった。全面広告でSOTECという会社がコンピューターの新製品を宣伝しているのだが、そのコンピューターというのがマッキントッシュのiMacそっくりなのである。色も形もキーボードもそっくり。名前は"e-one"。ようやるなあと最初は屋台のパッチもんを見る目で笑っていたのだが、よくよく見るとそのコンピューターを囲んで写真に写っている人々には「マイクロソフト株式会社代表取締役社長成毛真」「株式会社ソーテック代表取締役社長大辺創一」「インテル株式会社代表取締役社長傳田信行」とキャプションがついている。作った会社の社長はともかく、こんなもんにマイクロソフトやインテルの社長まで出てきてにこにこしているのはちょっとまずいのではないか。
 キャッチコピーは「パソコンは、こうでなくちゃ、ね。」やっぱりマッキントッシュの方がいいよね、ということかと思っていると下のコピーにはいきなり「ウインドウズマシンでこのデザイン」「見た目だけじゃないよ、コレ」性能のよいウインドウズマシンに、見た目だけはいいマッキントッシュのデザインセンスを付け加えていますと言いたいのだろうがまんまパクっとるだけに情けない。とどめは「こういうの、ずーっとつくりたかったんですよ」ずーっと、というのはiMacを見て以来ということなのだろうか。ずーっとマッキントッシュの真似がしたかったということなのだろうか。
 いくらなんでもこれは恥ずかしい。

今月の『SFマガジン』 7/26/99

 某駄洒落専門作家から電話があって『SFマガジン』の今月号にSF大会のときのぼくの写真が出ていたが、キャプションのところの名前が「田中哲也」となっているぞと密告された。買わんとこ。

『ピースメーカー』 7/25/99

 またビデオを見てしまった。ミミ・レダー監督の『ピースメーカー』というやつ。公開時はなにやら宣伝がものすごかったので、かなり期待して観たのだがあんまりおもしろくなかった。こんなん見とう場合ちゃうのになあと思いつつ見てしまったのでめちゃくちゃ腹立たしい。俺の時間を返せ。

怒りのメール 7/24/99

 まさかとは思ったが怒っている人がいた。22日の日記で「今度の『電撃hp』のエッセイはまたこの日記の焼き直し」と書いたところ「またですか。わたしは田中哲弥のエッセイがあるから、あんなに見つけにくい雑誌をわざわざ何日もかけて探しているのになんということだ」という趣旨のメールが来たのである。匿名であるし、すぐに返信したところ跳ね返ってきたしで、単なるいやがらせなのかもしれないが怒っているのはたしかなようだ。ぼくが手抜きをやっているわけではなく諸般の事情でそういうことになってしまったのだが、まあこうやって怒られると嬉しいようなおちょくられているような。
 とにかく、今度載る予定のものは7/11/99の「続々・そういえば」に少し手を入れたものなので、もしも万一ぼくのエッセイだけが目当てという特殊な嗜好の人がいるのであれば、わざわざ『hp』を探したりせず代わりに『異形コレクション』でも買う方がよろしいかと思う。しかし『hp』は毎号人気作家満載なのでどれを読んでも非常におもしろく買って損はない。ぼくが言うのだからまちがいない。ぼくはちゃんと毎号すべて隅から隅まで読んでいる。表紙しか見ないなどということはぼくは絶対にしない。いつも実に充実した内容である。手に汗握るサスペンスから本格推理、血も凍るホラー、壮大なファンタジー、腸よじれる抱腹絶倒のギャグ小説、男の生き様を性と暴力で描ききった本格ハードボイルド、戦場での勇気と闘志を謳いあげた戦争冒険小説、江戸の庶民を描いた哀惜漂う時代小説、前衛的手法を駆使して倒錯した愛の行方を模索するシュールレアリズム文学、渋谷で出会った蠱惑的な女子高生ひとみとの淫靡な営みを精緻な文体で描写した禁断のSM小説、美貌の人妻佐知子を襲う性欲に狂った兄嫁! 義母! スチュワーデス! 女教師! 看護婦! 奴隷! 縄! 蛇! 犬! 馬! 猿! 牛! 曙! なにそういうのはない? そうなの。
 ところで「続々・そういえば」に書いた押入の写真が、もしかすると『hp』には載るかもしれないので、そのオリジナル画像をここに置いておく。覚悟を決めてから見るように。

『ミステリー・サイエンス・シアター3000 宇宙水爆戦の巻』 7/23/99

 WOWOWでやっていたのでついつい観てしまった。元々はアメリカのケーブルテレビでやっていた番組の映画版ということらしい。50年代のSF映画『宇宙水爆戦』を観ながら主人公と二体のロボットが、ことあるごとにつっこみを入れる。日本でもかつてのテレビドラマなんかに対してつっこみを入れる本やテレビ番組があるが、それと同じ趣向である。冒頭にマッド・サイエンティストが出てきて「死ぬほどくだらない映画をやつらに見せて、精神を崩壊させるのじゃ」みたいなことを言うのは笑えたが、肝腎の中身の方はそれほどおもしろくもなかった。英語のきっちりわかる人ならおもしろかったのかも。

『猿はあけぼの』行き詰まる 7/22/99

 実はすでに何日か行き詰まっている。ここまで書いた分捨てねばならんかとしばらく悩む。なんとかなるかなあならんかなあ。早く終わらせて次のが書きたいのに。
 『ゴッド』の短編のゲラはほとんど直すところがなかったのでFAXで送る。ゲラに同封されていた返信用切手430円分まるもうけ。
 『電撃hp』次号(8月発売予定)のエッセイは、またしてもこの日記の焼き直しである。ええのかなあ。ぼくのエッセイを目当てに『hp』を買うような人がいるとすると非常にすまない気がするのだがまあそんな人絶対おらんでしょ。『hp』の読者でぼくのエッセイ読む人もおらんのとちがうかな。SF大会でもぼくは「電撃の部屋」には入れてもらえなかったしな。ええもんな。別に。

メイキング・オブ・スター・ウォーズ・エピソード1 7/21/99

 WOWOWでやっていた『エピソード1』のメイキングを観る。アメリカ向けテレビ用CM(だと思う)が何種類も流れたり、劇場用予告編がきっちり入っていたのは嬉しかったが、ここまで見せてしまうと本編の楽しみがかなり薄くなるように思う。しかし殺陣のシーンのアクションはCGとか特撮でスピードつけてかっこよくしているのかと思っていたら、ほとんどちゃんとやっていたので驚いた。あんなことよくできるもんだなと感心しやってみたくなったのでダース・モールがやっていた体を横にして空中で回転するというのを仕事場で試しにやってみたところ本棚に足がひっかかり肩から落ちてゴミ箱をひっくり返しながら頭を打った。えらいめにあった。もうちょっと広い場所で再挑戦してみよう。

海の日 7/20/99

 今日は国民の祝日だったそうである。海の日だそうだ。こんな祝日があったと初めて知ったのだがテレビのニュースでは今年で四回目などと言っていた。うそつけ全然知らんかったぞ。去年も一昨年もその前もそんな祝日はなかったいいやなかった。生まれてこのかたそんな祝日で休んだ記憶は一度もない。どういうことか。もしかして五十年に一度だけ祝日になる日で前回の海の日は1949年であったとかそういうことだろうか。すると最初の海の日は1849年だったわけで、ちょうど鎖国をやめろと外国から突っつかれていた頃か。ヒントはそのあたりにありそうである。
 
フロイデシェーネルゲッテルフンケン 7/19/99

 毎年ベートーベンの第九を歌うのが趣味の友人と飲みに行く。今日は第九合唱団の練習でぼくの仕事場の近所まで来るので、そのあといっしょに飯でもということになったのである。以前ワープロが趣味というのはいったいなんなのだと書いたことがあるが、毎年第九を歌うというのもわからない。友人に「おもしろいの?」と訊くと「おもしろいよ。練習来る?」と誘われるのでどうおもしろいのか詳しく訊けないのである。曲そのものはぼくも好きだし、何度かオーケストラで吹いたこともあるが、毎年一回それだけというのは尋常ではない。第九だから年末の行事としてなんとなく認められているような気もするが、これがあなた毎年一回だけ「アンタレス星人の歌」を歌うとかだったらどう思いますか。なにアンタレス星人の歌を知らんのかコンピュートマトはドブサラダーいうねんけどほんまに知らんのか困ったなあ。
 年に一回だけ演奏会をして毎年同じ曲をやるというのでも、演奏会の日だけさっと集まってさあ今年も歌いましょうならまだわかるが、年の半分以上ずうーっとおんなじ曲の練習をしているというのがわからない。いやなに言うてますのんあんたこれめちゃくちゃ儲かりまんねんでというのならはあはあなるほどと思うところだがこれがなんとみんな自分でお金を払ってオーケストラと指揮者と歌手のギャラとホール代を持つというのだから変態とちがうか。もしかして第九合唱団には脚の綺麗な若いおねえちゃんがわらわらとやってきて、参加するともれなくなかよくなれて遊び放題後腐れもなくて会費三千円ぽっきりどうですか社長というようなことなのだろうか。それなら参加したい気もするかしかし相手は第九の合唱をやりたいというような女性ですからなあ。ぼくはいや。
 
久々にトランペット 7/18/99

 田中啓文氏に誘われてユナイテッド・ジャズ・オーケストラというバンドの練習に参加する。トランペットを吹くのはめちゃくちゃ久しぶりで、前に吹いたのがいつだったか思い出せないほどである。少なくとも三年は吹いていないが、もしかすると五年くらい吹いていないのかもしれない。一年程度のブランクであればけっこう吹けたような記憶があったので、まあまあなんとかなるのではないかと考えていたのだが甘かった。楽器の中にあんころもちでも詰まっているのかと思うほど息が抜けないし、それに加えてジャズなんか吹くのは初めてなのでまったくリズムについていけない。ハイトーンも出ない。どうしようもないヌケサクになったような気分であった。しかしトランペットを吹く、という行為に対してほとんど興味を失ってしまっていたにもかかわらず、演奏すること自体はとても楽しくてちょっと意外だった。思うに、吹奏楽、オーケストラ、と進んでクラシックを目指したことがぼくの最大の失敗だったのではあるまいか。高校くらいでジャズの方に入っておれば、今でも音楽が好きだったかもしれない。なんでクラシックの人たちってあんなふうに(訳あって削除)なのかなあ。所詮(訳あって削除)のくせにへっなあにが(訳あって削除)。

クーラー 7/17/99

 ついに仕事場にクーラーがついた。なにをかくそうクーラーのついた家で暮らすのはぼくは生まれて初めてである。実家は山奥なので、ジャングルのように生い茂った木々のせいか風が涼しく、窓を開けておけばクーラーがなくてもなんとかなったのであるが、仕事場の方は町中にあるため窓を開けても風が暑い。やはりクーラーが必要かとは思っていたものの金はなく、今年も扇風機でがんばるしかないかと覚悟していたのだがたまたま入った電気店で安いのがあったため衝動買いしてしまったのだ。
 これまでは暑いのを我慢しながら生きてきたわけだが、今日からぼくは「クーラーのある家に住んでいる人」となったのであるから、みなさんこれからはそのつもりでぼくと接するように。いいですね。

北野武の映画 7/16/99

 ふと思うところがあって北野武監督の映画でまだ観ていなかった数本をまとめてビデオで観る。どれも切なくて非常に満足した。『菊次郎の夏』がカンヌでなんにももらえなかったとき、北野武は帰国した空港で芸能レポーターの「今回一番力を入れられたのはどのあたりですか?」という質問に対してあっさり「ポコチン」と答えていたが、あんなにかっこいい下ネタはちょっとないのではないかと思う。

"STAR WARS EPISODE 1 THE PHANTOM MENACE" 7/15/99

 びっくりしたなあ。あの戦闘機はあっち向きに飛ぶのか。

飽きたのか 7/14/99

 WEBページの日記の更新が最近不定期であるが、もしかして日記を書くことに飽きたのではないかというメールをいただいた。
 実はそうなんです。

蝉 7/13/99

 今年最初の蝉の声を聞いた。クマゼミだった。毎年思うが、なんであそこまで大きな声を出す必要があるのだろうか。蝉の雌は耳が悪いのだろうか。しかしまああの声、というか音を聞いて発情する雌というのもよくわからん。学生時代、わたし男の人の腕の手首から肘にかけて出るスジスジを見るとどきっとするのと言って極端に痩せていた当時のぼくの腕を眺めて顔を赤らめていた英文科の女の子がいたが、あれに似たようなものかなあちがうわなあ。

『沈黙の断崖』 7/12/99

 スティーブン・セガール主演の『沈黙の断崖』をWOWOWで観る。セガールがあまりにもかっこよすぎて笑えた。ギャグ一歩手前というか、すでにちょっとギャグというか見ながらひえーとかきょえーとか叫んでしびれて悶絶する。しかしこれ、強いコックさんライバックの話ではなく他の映画との繋がりもないのに「沈黙シリーズ」などと言うのは無茶ではないか。『沈黙の戦艦』に続く『沈黙の要塞』というやつは続編でもないのにセガールだからというだけでなんとなく同じようなタイトルにしたくせに『暴走特急』はライバックの話であるにもかかわらず「沈黙」はつかない。もう沈黙はやめたのかなと思っていると今度はまた関係ない話なのに『沈黙の断崖』なのである。やはり『暴走特急』ではなく『沈黙の特急』とすべきであった。なにそれではかっこ悪いなにを言うか沈黙の断崖のどこがかっこええのじゃだいたい断崖が物静かであることになんの意味がある断崖がしゃべるとこなんか誰が見たんじゃあれはたいてい静かなもんじゃ。しかしこれから先セガールの映画はすべて沈黙でしばってどんどん続くのであろうか。ハイジャックもの『沈黙の機体』戦争もの『沈黙の作戦』暗殺もの『沈黙の狙撃』暗黒街もの『沈黙の顔役』恋愛もの『沈黙の情事』ハードSF『沈黙の鉄槌』中国大河『沈黙史』カンフー『ドラゴンへの沈黙』コメディ『沈黙の鍵貸します』ポルノ『沈黙夫人』ロシア『沈黙は涙を流さない』インド『苦痛・踊る沈黙』タンザニア『沈黙ババランギー』怪獣『チンラ対モクラ』クレージー『日本一の沈黙男』あたり前田の『てなもんや沈黙騒動』サイコスリラー『羊たちの沈黙』あーこれはこれでええのか。

続々・そういえば 7/11/99

 数年前の冬、母親が商店街の福引きかなにかで「青春18切符」とやらを当て、誰も使わないのはもったいないというのでそれを使って一人で広島、岡山の方をまわったことがある。とあるところで古い日本旅館に泊まり、そのあまりの古さに感動していたのだがいろいろと奇妙なことがあった。
 あちこちに見慣れない飾りや妙な絵が飾られているのも変だったが、一番ぎょっとしたのは押入だった。押入を開けるとその内面にはびっしりと新聞が貼ってあり、見れば「帝国海軍ナントカ海に於いて破竹の大勝利」みたいなことが書かれている。広告には大きく「海のつ七」七つの海という本のタイトルが右から書いてあるのだ。日付を見ればどれも昭和七年の同じ日ばかり。なぜそんな古い新聞を貼ったままにしてあるのかよくわからず、またその押入に漂う一種独特の不気味な雰囲気も気になった。
 夕食を終える頃、宿の女の人がやってきて布団を敷いてくれたのだが当然その布団はさっきの不気味な押入から出したものである。なんとなく気持ち悪いなと思ったもののあまり気にせず寝ることにする。布団は襖のある側にくっつけるようにして敷かれており、なぜそんなところにと思っているとちょうどその上にエアコンがあって、宿の人は「ここが一番温かいから」と言って部屋を出ていったのだった。
 部屋の出口に足を向ける形で寝ていると、最初はそんなことはまったくなかったと思うのにどうも布団が小さい。その部屋は二階だったのだが、階段を上り切った突き当たりが布団部屋かなにかの入り口で、突き当たってすぐ左側がぼくのいた部屋の入り口となっていた。ぼくの寝ている場所と襖一枚を隔てて、布団部屋の廊下があるのかと思い妙な間取りだなと不思議な気がした。
 布団が小さいため足が冷え、なかなか眠れない。いくら体をまるめても首筋や足が寒くてどうしようもない。そのうえ宿の人がしょっちゅう階段を上がってきては布団部屋に入り、ぼくの寝ている壁というか襖ごしの廊下をばたばたと行き来するので、うとうとしていてもそのたびに目が醒めてしまう。そっと歩いてくれればいいものを、どういうわけかけっこうばたばたと歩き、しかも一人ではなく何人かでどっと来ることもあって歌を口ずさんだりくすくす笑ったりするので気になるのである。ほとんど耳元で騒がれているようなものだった。一日の後片付けがけっこう大変なのだなあ、声からするとみんな若い女性のようだしまあいいかと思っているうちにやっと眠ることができた。
 朝になり、寝ていたすぐそばの襖が明るいので特になんにも思わずその襖を開いたところ、そこは窓であり、窓の外には人が立てるようなスペースはまったくない。下には狭い中庭が広がっている。ぞっとして部屋を飛び出し階段の突き当たりを見ると、そこに布団部屋の入り口などはなくただの壁があるだけだった。

続・そういえば 7/10/99

 ぼくは釣りはやらないが、父親が川で釣りをするので早朝、山奥まで車で運んでくれと言われ、どうせ夜中の三時や四時はぼくはまだ寝る時間ではないので暗いうちに山へ行き、父親が釣りをする間ぼくは車の中で寝る、ということを何度かしたことがある。車を停めるのはそのつど場所は違うが川沿いの、道路から少し奥まった樹の間なのだが、そうやって寝ると必ず金縛りにあうのである。いつも車のすぐそばに灰色のおっさんが立っていて、窓からこっちを覗き込んでいるのがわかるのだが、顔や服装などはぼんやりぼやけていてよく見えず、ただその気配だけははっきりしている。まあこれは慣れない狭い車内、しかも明るくて川の流れが騒がしい中で徹夜明けという条件がそろっているので、単に体は眠るが脳は起きている、という状態なのだろうとは思うのだが、いつもそのあと窓にべったりといくつも掌の痕がついているのはよくわからない。

そういえば 7/9/99

 『新耳袋』を読んで思い出したが、そういえばぼくも奇妙な体験をしたことが何度かある。
 子供の頃、なぜかときどき腕になにかが載っているような気がして、両親に「重い、重い」と言った覚えがある。寝ていて布団が重くなったこともあるし、昼間、外で遊んでいて突然肩から腕にかけて布団がのしかかってきているような感覚に襲われ「布団が重いのでどけてくれ」と泣いたこともある。あれはなんだったのだろう。
 これも子供の頃、二段ベッドの下の段を抜いてそこに机を置き、上のベッドで寝るようにしていたのだが、寝るとき部屋の灯りを消すと、かならずベッドの高さ、つまり寝ているぼくの目の高さに、空中に浮いてぼんやりと光る眼が一つあった。これは毎日必ずそこにあって、いつも気持ち悪くて怖いため見ないようにして眠っていたのである。ある日、意を決してその眼をじっと見つめ、消えろ消えろと念じていたらばすっと音がしてその眼が消失した。やったぞ、と思った瞬間もうひとまわり大きく凶悪な眼が出現し「まだおれがおる」と言ったのだが、それにも負けずじっと見つめていたら、翌日から眼は出なくなった。

『新耳袋』 7/8/99

 以前から読みたかった『新耳袋』(木原浩勝・中山市朗/メディアファクトリー)の第四巻が出たところらしく、一巻から全部そろって平積みになっているのを見つけたため四冊全部買う。一冊につき九十九話が載っていて、これは百になると読んだ人に怪異が起こるのでそれを防ぐためだとか。ほほうなるほどと怖がりつつ、なんと四冊一気読みしてしまった。三百九十六話連続である。三回は怪異が発生し、あと四つでもう一回怪異を体験しなくてはならないところだが、ぼくは霊感というようなものとはまったく無縁らしく特になんにも起こらなかった。
 少し変わったことといえばここ数週間シャワーだけですましており、湯船に湯を張ったことは一度もないのになぜか湯船にお湯が、しかも熱いほどのお湯が溢れんばかりになっていたことと、冷蔵庫を開けると中から白装束に身を包んだ身長一メートルほどで長い髪の毛をたらした老婆がぞろりと出てきて「腕がちぎれた」と叫びながら部屋をどたどたと走りぬけて反対側の壁の中へ消えたことと、夜中にコンビニに行った帰り、玄関の前に小さな手鞠を見つけたのでなんじゃこりゃと思って拾おうとすると、道を隔てたところにいた猫が野太い男の声で「さわるな」と言ったことくらいである。
 しかし一番ぎょっとしたのは、明け方ものすごい金縛りにあったことで、おおこれは普通の徹夜明けのやつとは違ってかなり重苦しいし本当の心霊現象なのではあるまいか、とどきどきしたのだが実はそんなことではなく、火傷で入院していた妻が昨夜遅くに病院から帰ってきて、嬉しさのあまりぼくの体に覆い被さってにこにこ笑っていたというだけのことだった。

ドライヤーが爆発 7/7/99

 ドライヤーで髪の毛を乾かしていて、なんとなく焦げ臭い気がしたかと思うといきなり、ばんっと音がして止まってしまった。びっくりして手にしたドライヤーを見ると煙がもわもわと上がっている。「東芝のアフターサービスについて」という話題のホームページを見て、これは腹立つやろなあと人ごとながら憤慨し、幸いうちには東芝の製品というのはほとんどないなあこのドライヤーだけやなあ、と思いながらの爆発だったので非常に驚いた。シンクロニシティですなあ。
 
SF大会とホラー小説大賞受賞パーティ

7/2/99

 明け方までかかって些末的な仕事を片づけていたため二時間ほど寝ただけで新大阪へ向かうと、新大阪では牧野修氏と田中啓文氏がほとんど寝てない顔でどろーっと待っていて、ほな行きましょかといきなり怒濤のようにアホなことを連発しながら新幹線に乗る。京都駅ではどす黒いオーラに包まれた見るからに胡散臭い小林泰三氏が乗り込んできたかと思うといきなり「警告あります」とか「頭くじられますやめてください」などとアホなことを連発しはじめ、結局そのままずーっとビールを飲みながらしゃべり続けて夕方会場へ到着。およそSFとは似つかわしくないメルヘンな建物に圧倒されるが、ホテル関係者はSF大会参加者の一種独特の不気味さに圧倒されていたようで、フロントのお姉さんなど顔を引きつらせて明らかに怯えていた。近づいていって耳元で「警告あります」と言ってやればたちまち泣き出すだろうと思いやってみたくてたまらなかったのだが我慢する。あのホテルでSF大会が催されることはこの先二度とあるまい。
 夕食のあと大森望氏一行と合流してなぜか我々の部屋で宴会が始まる。朝からビールばっかり飲んでいたので頭はどろどろで、げらげら笑いながら風呂にも入って知らないうちに寝ていた。

7/3/99

 朝ご飯は九時までですよー、と誰かに叩き起こされたがぼくは起きず、啓文さんと小林さんが飯や飯やと出ていくのを背中で聞きながらここで寝ておかなければいつ寝るのだ愚か者どもめとひたすら眠る。しばらくして「警告あります」とか言いながら小林さんが帰ってきたので、安眠を妨げられぬよう知らん顔をしていたらおっさんは「さあもっぺん寝よ」とぼそっと言うや浴衣に着替えてぐうぐう寝てしまい、すぐあと戻ってきた啓文さんはぼくを見下ろして「田中さんはよう寝るなあ」と感心したように言いつつ浴衣に着替えてあたりまえのように寝てしまったのであった。
 昼過ぎ起きてぼうっとしているとなぜか別室だった牧野さんが「ああよう寝た」と嬉しそうにやってきて、みんなで昼食。めちゃくちゃまずいスパゲッティに顔をしかめながらビールを飲み、ほなまた寝ましょかと部屋に戻ったのだが外でペットボトルロケットを打ち上げているのに気づきそれを小林さんと眺めてげらげら笑いながらビールを飲み、そうこうしているうち野田昌宏氏のパーティが始まる時間となったのでそれに出席してビールを飲み、それから部屋に戻ってビールを飲む。
 九時から我々の企画だったが想像以上にひどい結果となってしまい、終わってから全員沈鬱な表情でアホなことを連発しはじめる。ぼく以外の三人によると失敗したのはすべてガイナックス武田氏の責任だそうである。ぼくは悪くないようでとりあえずはほっとする。すでに酩酊していたためそののちなにがあったのかあんまり覚えていないのだが、結局は自分たちの部屋でビールを飲みながら喋っていたようで、明るくなってから寝た。

7/4/99

 ゆっくり寝る時間もなく追い立てられるようにバスに乗り、南小谷駅から「スーパーあずさ」という特急に乗って新宿へ向かう。チェックインしたホテルのレストランで「ビール飲み放題」というのを見つけてだらだらと飲み、途中啓文さんがどうにも眠いと言って部屋に戻ってしまったため残った三人で田中啓文はあれはほんまのアホやで本人は幸せなんやろうけど世話するこっちはたまらんなあなどと悪口を言い倒し、ビール飲み放題の時間が終わったので牧野さんの部屋で飲もうとしたら牧野さんは君たちと話すことなどなにもないと吐き捨てるように言うと一人で部屋に帰ってしまった。しかたがないので小林さんと二人近くのローソンでビールやらつまみやらいろいろと買い込み、啓文さんの部屋に押し掛けて朝まで飲む。いつ部屋に戻ったのかいつ寝たのかなんにも覚えていない。

7/5/99

 昼過ぎロビーで四人落ち合うが、それぞれその後の行き先が違っており、とりあえず昼飯やなあとホテルを出るがちょうど昼休みの時間でサラリーマンやOLでどこも満員。時間がなくなってきたのでぼくは一人でお茶の水へ行く。編集者と会いカレーをごちそうになり、その後喫茶店で五時前までうち合わせ。ついに『猿はあけぼの』は締め切りが切られスケジュールがおおよそ決まった。えらいことですなあ。
 五時過ぎ東京會舘に到着。我孫子武丸氏が「『古畑任三郎』のどこがよくなかったか」を熱く語るのに耳を傾けたのち会場へ。
 いきなり朝松健氏を紹介してもらって緊張し、ふらふらしていると菊地秀行氏ともお会いしてほとんど足は宙に浮く。さらに瀬名秀明氏ともお会いしたが、この日記を読んでくださっているとのことで驚く。ええ人やなあ。壇上では牧野さんが「新人としてがんばっていきたいと思います」とかギャグをとばしていたが笑っていたのはごく一部だった。すべりまくり。
 井上雅彦氏に挨拶したら「「猿町」評判いいですよ」と言われて嬉しかったが本当のタイトルは「猿駅」である。
 二次会にのこのこついていくと、倉阪鬼一郎氏や東雅夫氏と同じテーブルになり『死の影』があろうことか駅のキオスクで売っているのを見たが世も末とはこのことでしょうねえというような話をする。他の受賞者といっしょに遅れてやってきた牧野さんはやはりスピーチをするが、またしてもすべりまくり。受賞おめでとうございます、と言うと怒るのでおもしろがって何度もおめでとうと言ってあげる。
 三次会の会場である新宿ロフトプラスワンへ移動途中、大森さんがファッションヘルスかなにかの勧誘のおっさんにしつこく迫られ「兄さんオ××顔してるよだいじょうぶ?」とか「おいでよちょっとひとなめしてもらいなよ」とか言われていたがロフトプラスワンには飯野文彦さんが待っているのでこれくらいのことでは誰も反応しない。はたしてロフトプラスワンでは飯野さんが全開で待ち受けておりいきなり大爆発。飯野さんと初対面だった小林さんはしばらくにやにやと眺めていたがやがてその非道な性格を現した。飯野さんがなにを言っても淡々と答えてくすくす笑うのである。
飯野「小林さんってさ、×××するとき××って××ったりするのやっぱり?」
小林「はい。××ったりします」
飯野「そうなんだあ。ははは。×××! ×××おー!」
小林「ああそうですね。×××です」
飯野「うーっ。淋病三回いーっ!」
小林「ああ。三回ですか」
飯野「仮性包茎いーっ!」
小林「仮性包茎ですね」
飯野「ほらあそこに(訳あって削除)いるじゃない?」
小林「はい。います」
飯野「あいつ。俺やっちゃった」
小林「やったんですか」
飯野「そうなんだよお。×××! ×××おー! ってさ。おもしろい?」
小林「はい。おもしろいです。×××ですね」
 横でぼくが腹を抱えて笑っているので小林さんはどんどんそれを続けていたのだが、そのうちすっと立ち上がるとぼくの耳元で「飽きたからあっち行きますわ」鬼や。
 飯野さんのおかげで死ぬほど笑ったのはいいのだが、その勢いに乗せられてはしゃぎすぎ、初対面であるにもかかわらず菊地さんに大声で馬鹿なことを話しかけてしまったりしたような記憶がある。あとになってかなりびびる。今もびびっている。ごめんなさい全部飯野さんのせいです。
 明け方、帰る人々と別れ、我孫子さんに連れられてラーメン屋へ行く。ここのラーメンはどれがおすすめなんですか、と誰かがあたりまえのように我孫子さんに訊ねたが我孫子さんはあっさり「知らない。ここはじめてだから」
 ホテルに帰り、パーティでもらった『KADOKAWAミステリ』プレ創刊号掲載の「スイート・リトル・ベイビー」を読みながら寝てしまう。

7/6/99

 我孫子牧野田中啓文の三氏はいろいろと用事があるということで、ぼくと小林さんと二人で帰路につく。東京駅で新幹線の切符を頼むと、窓口のおっさんはめちゃくちゃ手の動きは早いのにやたらと失敗ばかりする人で、ぱっぱぱぱっぱ、とボタンを押して「西明石と新大阪ですね」小林さんが「いえ、西明石と京都です」すると、ああ京都、とぶつぶついいながら切符に赤ペンで線を入れ、ふたたびボタンをぱっぱぱっぱ。何度やってもうまくいかず結局最初に出た切符は破棄する。破棄する場合は「失敗の箱」とでも言うべき箱がありそこへ放り込むのである。列車の発車時刻はあと数分に迫っている。おっさんもそれがわかっているのでますます焦り、鼻息も荒くぱっぱぱっとさらにすばやくボタンを操作するのだが出てきた切符を見たとたんまちがいに気づいたらしく「失敗の箱」に捨てる。ふたたび大急ぎでボタンを操作し、やれやれやっとうまくいったと微笑みかけて切符を眺めとたんに顔をひきつらせたかと思うと、首を傾げてまたしてもそれら切符を「失敗の箱」へ。今度こそ、という感じでぱぱぱぱぱぱっと押してやっと出てきたのは西明石行きが二枚。一枚の方に赤線を入れて鬼の形相でボタンを押すがやはりうまくいかず、切符は「失敗の箱」へ。結局ちゃんとした切符をもらえたのは発車時刻ぎりぎりで、必死で走ってなんとか乗車。こっちも焦っていたものの、けっこう笑えた。
 自分たちの席まで通路を延々と歩いていくとき赤瀬川原平氏とすれ違う。もちろん面識はまったくないので、単に有名人を見た庶民として「赤瀬川原平や赤瀬川原平や」と喜んでいただけである。
 席につくなり小林さんは勃起不全かどうかを見極めるためには寝る前に切手を逸物のまわりにぐるりと貼っておき、朝起きてそれが切れてなかったら勃起不全でこれをスタンプ法という、というようなことを話しはじめ、二人とも相当眠かったはずなのだがなぜ京都までずっとしゃべりっぱなし。ぼくは新大阪で乗り換え、六時過ぎやっと帰宅。

パンツが足りない 7/1/99

 明日から長野、東京と6日まで出かけるのだが、引っ越しのとき下着なども段ボールに突っ込んだままどこに積んであるのかわからずパンツが足りんので困る。いったいどうすればいいのだろうか買えばいいなるほど。
 というわけで明日は長野。


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