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三十日間猿を書く 7/1-30/00

 三十日間、ただ黙々と『猿はあけぼの』を書く。眠らず食わずなのはもちろん、椅子から腰を上げることさえいっさいしなかったのでへとへとである。しかしこのようなことは三日も続けばいいところで、それが三十日間という長きに渡って可能だった理由はぼくの精神力が人並みはずれて強いというだけではあるまい。普通なら死んでしまうはずである。いったいどういうわけだろうかと考え始めると少し意識が朦朧としてきたので、三十日間書いたから五分の休憩と思い立ち上がろうとしてわけがわかった。
 立ち上がれないのである。椅子が尻にくっついており、椅子はというと床に固定されてしまっている。見れば椅子には赤黒い触手状のものが、びっしりと蔦が絡まるみたいにして張り巡らされ、その先は床と融合している。無理に立とうとすると肛門を引きちぎられるかのような激痛に襲われ、なるほど触手状のものは肛門から出ているのかと気がついた。どうやら尻から根のように伸びたそれらが椅子の表面を蔦ったり、椅子の内部を通ったりして床に到達しているらしい。つまり尻から出た根っこのようなものは、床というかアパート全体と融合することでそこから養分を摂取することに成功しており、おかげで三十日もの間飲まず食わずでいられたのだ。生命を維持させるための養分は、主に下水道と融合した触手から取り出しているようで、なぜそんなことがわかるかというと今やぼくの体はアパートそのものでもありアパートの中で起こっていることが自分のことのようにすべて理解できるからである。逆にぼくの意志によってアパートを動かすこともでき、突然窓の外でカラスがけたたましく鳴いたのに驚いて首を動かしたら、アパートそのものがごおっと左を向いてしまって本棚は倒れるわコーヒーはこぼれるわ階下の美人の奥さんは悲鳴をあげて抱きついてくるわ。

ところが 7/31/00

 猿はまだできない。これひとつの不思議。


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