Back



ピピピのピ 2/23/03

 またラジオに呼んでもらったので電車に乗ろうと明石駅のホームで待っていると「三番線に新快速姫路行きが参ります」というアナウンスのあと、甲高いオウムのような声で「マイリマスッ!」さらに「ホームの内側までお下がりください」というのに重なって「オサガリクダサイッ!」と誰かがくりかえす。最後の一音を特に甲高く上げるのでどことなくオカマ風でもある。声の主を探すときちんとしたスーツ姿のごく普通のサラリーマンの中年男性であった。「トウチャクノデンシャハッ!」「マイリマスッ!」「オサガリクダサイッ!」とあんたオウムか腹話術師かというような声で、アナウンスのあとひたすら最後の部分だけをくりかえすのである。「クリカエスノデアル!」変な人がいるなあと眺めていたら、今度は電車の到着を告げるチャイム音が鳴って、まさかこれまでくりかえすとは思わなかったなあことさら甲高い声を絞り出し「ピピピのピ。ピピピのピ」と言いはじめるではないか。なんでこれがピピピのピやねんと思いつつ、おかしくてしかたがない。こらえきれずに笑ってしまうと、そのおっさん仲間と思ったのか、にこにこぼくの近くまで来てピピピのピ、ピピピのピ、とくりかえすのである。しまいには顔をのぞきこんで目の前でピピピのピ。爆笑したいのに笑うに笑えず死にそうだった。「シニソウダッタ!」

今頃新年会 2/22/03

 新年会をやろうやろうと言いつつずるずるずれて今頃になった。今回はどういうわけか女性が、しかも美人ばかりが三人も参加することとなり、なんとそのうちのひとりは女子高生である。酒飲んではいかんだろうと思うのだが、大変ケバかったため帰り間際まで未成年だということを我々は知らなかったのである。今日の下着はヒョウ柄だブラもお揃いだあっ、と開けっぴろげに宣言する性格に驚いていると、その後げらげら笑いながら床にひっくりかえってミニスカートの中身丸出しに見せ宣言どおりヒョウ柄であることを証明したりもしていた。可憐な美少女なのにここまで開けっぴろげだとなんら異性を感じさせないのがえらい。男みんな冷静に「ああほんまにヒョウ柄や」と納得するだけなのであった。
 オリーブ園のかまぼこ売りのお姉さんのことがまだ忘れられないY氏は実に惜しいことをしたと今日もぶつぶつ言っていたが、ふと見るとかつての美少女であった美人と親しげに話している。いつまでたってもふたりでなにか楽しげに話している。どうやらかなり熱心に口説いているようだ。なかなかやるなあと感心し、いったいなにを話していたんですかとあとで聞いたら「自転車のトレーニングのこと」美人相手に他の話題ないのか。

牛窓ツーリング 2/16/03

 今回はいつものY氏に加え、十二万円自転車のHと三人で行く。驚いたことに十二万円自転車はスリックタイヤ用にと最新軽量ホイールが前後とも投入されており、ビンディングペダル対応シューズなどを含めるとなんと十七万円自転車くらいになっているのであった。びっくりするくらい車体は軽いし、見るからに「ええやつ」という感じである。日頃自分の自転車だけ見ているとそれなりにけっこう「ええやつ」に思えるのだが、こういうのを目の当たりにするとぼくのは重くて古くてがたがたで「もうあかんな」とがっかりするのである。実に迷惑な話だ。
 出発点まではHの車で移動する。Hの車はグラなんとかだったかグリなんとかだったかなんかそんな名前のとにかく四角い大きなもので、最近よく見る旅館の送迎用バスみたいなやつである。なんであんなぶっさいくな車が流行るのかと不思議に思っていたのだけど、自転車三台と男三人が乗っても余裕の荷室というのはなかなか便利で、なるほどそれでかとちょっと納得したもののそんなに大荷物積む必要はめったにないだろうとも思う。いやほんとに見れば見るほどぶっさいくである。
 まあなんにしろおかげでまたしても出発点までは車に乗っているだけでよく実に快適。雨が降っていたが、午後には上がるという天気予報を信じて岡山牛窓へ向かった。十二時からの降水確率が0パーセントとなっていたので十二時の時報と同時に雨が上がるかと期待したのに十二時を過ぎても一時になっても雨はずっと降っている。とてもやみそうにないので嘘をついた気象庁を呪いつつ一時過ぎ雨の中走り始めることにした。
 二十分ほど走るとやっと雨が上がり、ああやれやれと緩やかな坂を登りはじめたところいきなりHのスピードが落ちる。新しい十七万円自転車がさっそくトラブルか、ははは世の中だいたいそんなもんじゃ愉快ゆかいとそばに寄ると、Hはすでに死にかけておった。「し、心臓がくっくっ苦し……」と息も絶え絶えに呟き「先に行っといてくれ」とついには自転車を降りてしまう。先頭のY氏はとっくに遙かかなたをこつこつ登っていたので、必死で追いつきHが死にかけている旨伝えふたりでしばらく待った。十分くらいして自転車を押しつつ歩いてやってきたHは顔色も悪く、自分にはときどき心臓の調子の悪い日があるのだが今日は特に悪いようだと、こんなとこまできて衝撃的な告白をするのだった。ではしばらく休んで、あとで合流しようかと地図を見ながらあれこれ検討していたら、いやもう今日は走れそうにないので車で待っているからと、ひとりで帰ってしまった。
 あまりの出来事にぼくもY氏もどうしていいのかわからなくなって少しの間ぼーっと立っていたのだが、我に返ったあとはいつものごとくY氏とふたりで走ることとなった。オリーブ園への登りを除けばほとんど平坦な道ばかりで、夢二の生家とか牛窓神社とか観光地をレンタルサイクルで巡っているかのような実にのんびりしたコースである。このあたりは「日本のエーゲ海」らしいのだが本物のエーゲ海を実際に見たことのないぼくにとっては、そうかエーゲ海ってこんなにもっちゃり田舎臭いのかと思うしかない。テレビなんかで見るともっと綺麗な感じだけどなあ。
 オリーブ園の展望台でかまぼこを売っていたお姉さんがとても愛想のいい美人で、これが今回最大の収穫であった。どう見ても特にY氏に好意的であったので山を下り終わったころ、あんなに好意的な笑顔を向けてくる美人に対して、なぜもっと話しかけたりかまぼこ買ったりしなかったのかと訊ねるとY氏は絶叫するように「もっとはよ言うてくれー」と悶絶し、聞けばそんな感じはしていたものの、ぼくの手前我慢したのだと言う。すけべなおっさんだと思われたくなかったのだそうだが、Y氏がすけべなおっさんであることなど二十年以上前から熟知しているのである。今から戻ろうかと無茶を言い出したが、すでに展望台は遙か上空の小さな点である。もう一度あの高みまで登る根性はさすがに持ち合わせておらず断念したようだった。
 結局全行程三時間ほどで車に戻る。元気を回復していたHの運転で近くの温泉に行き、ああ極楽極楽と本当に観光旅行に来たような気分で帰路についた。Y氏は帰る道々、つくづくかまぼこ売りのお姉さんのことは残念であると嘆き、写真くらいいっしょに撮っておけばよかった、電話番号くらい聞き出せばよかった、こんなことはそうそうあることではないのにまったくもって一生の不覚だとずーっとぶつぶつ呟いていたが、やがておとなしくなったと思って後部座席を見たらぐうぐう寝ていた。Y氏の人生はこれからもずっと幸せだろうと思う。

洗濯屋自転車屋 2/15/03

 仕事場の本当にすぐそばに洗濯屋があるのだが、その奥が自転車屋になっているのである。実に不思議な店なのだった。しかしこれがちゃんとしたプロショップでロードレーサーのチームもあるというのだから世の中外見で物事を判断してはいけない。先日、雨でマウンテンバイクが砂だらけになってしまったので、最近よく耳にする「パーツウォッシャー」とかいう、スプレーすれば泥も油汚れもあっというまに落ちる魔法の薬みたいなものを買いにいったら、店のおやじさんは即座に「ああ置いてないなあ」と言う。ああそうですか、とそのまま帰るのもなんなので、ではあのカンチブレーキに使う前方後円墳みたいなワイヤはありますかと訊くと「ああアーチワイヤね」うんうん、と頷くのであるのかと思ったら「置いてないなあ」えーとほんなら、ああそうや冬用のグローブでいいのはなにかありますかと訊いたところ、これは置いてあった。しかしあるのはひとつかふたつで、ぼくの手にはは小さすぎるものばかり。もうちょっと大きいのはないんですか。ないなあ。えーとほんなら。しかしもう欲しいものが思いつかない。どうしたものかと思っているとおやじさんの方も困ったような顔になり、グローブはすぐまた注文するのでそのとき大きいサイズも取り寄せておいてあげるよと、ちょっと慌てたように言うのだった。土曜日に入荷するという。
 今度の日曜にはツーリングに行く予定なのでそれはちょうどよかった、とほっとして帰り、そして今日がその土曜日だったのであるが、やっとまともな冬用グローブが手に入ると喜んで行ってみたらおやじさんはにこにこと「ああ、あれもう在庫なかったわ」ということはどういうことなのかと一瞬混乱したが、続けておやじさん「また来年の冬には入るやろから、今年はがまんしとき」うわあなんちゅう気楽な店じゃああびっくりした。
 たいていのものは注文すれば取り寄せてくれるらしいし、なにより店主がおもしろいので、これからもちょくちょく利用することにする。

落語会とか 2/8/03

 田中啓文氏が取材を兼ねて落語を聴きにいくというのでいっしょに月亭八天さんの落語会に行く。わざわざこのためだけに東京から編集者の方も来ていた。大雨だというのに会場へ向かう人々の数はすさまじく月亭八天人気は相当のものであるらしいと感心していたら、窓口で切符を売っているのは八天さんその人であった。会場は神社の集会所のようなところだったがぎっしり満員で探さないと座る場所がない。落語を待つ人々の熱気もすさまじく、渦巻く熱気が熱くて熱くて耐えられないほどだ、と思ったらすぐそばに温風ストーブがあったのだった。
 ああおもしろかったと落語会をあとにし、今度は天満の中華屋へと赴いた。そこには、作家志望の人たちにホラー小説の書き方を講義したばかりの小林泰三氏がいた。そばには牧野さんと北野さんもいた。見事に馬鹿が集まった。誰もがそう言った。ひとり、ひときわ大きな声を上げる男がいた。北野だった。ぼくあほちゃうで。北野は言った。天満の中華屋が揺れ動いた。これは、戦後日本の歴史を変えた一大プロジェクトに携わった男たちの壮烈な物語である。どんつくどんどんどんどん、どんつくどんどんどんどん。

坊主になる 2/6/03

 出家したのではない。散髪して坊主頭になったのである。短く刈ったことは何度もあるが、坊主頭というのだけはやったことがなく一度やってみたかったのだ。剃り上げてつるつるというわけではなく、短く残った頭の様子は見事生まれたての鳥の雛である。最近寒い中自転車で走りまわったりすることが多いので、髪が長いと汗がなかなか乾かず冷たくて仕方がない。坊主頭なら拭くだけでよく快適このうえないはずだと思ったのだが、普通に座っているだけでめちゃくちゃ寒いのにはまいった。なんちゅう寒さじゃと戦きつつ、ちょっと外へ出てみたら今度は日光が痛い。寒いときは死ぬほど寒い、熱いときは死ぬほど熱い、月世界みたいな状況を自ら招いたことをやや後悔しつつぶらぶらしていると、飛んできた親鳥が口の中にバッタの死骸を突っ込んできて、わあやめてくれと抵抗しているうち、すぐそばで孵化したカッコウの雛に巣から蹴り落とされえらい目にあった。

布団 2/2/03

 起きたら気持ちよく晴れていたので、よし布団を干そうとベランダに布団やら毛布やらを出すと同時に曇りやがった。すぐまた晴れるかとしばらくほっておいたが一向に晴れず、どういうことやとむかむかしつつ取り込んでいたらまたしても晴れるのだった。どうせまた曇るのだしょうもない天気じゃあほじゃぼけじゃといろんなものを蹴りつつ食事しているとずーっと晴れている。結局晴れるんかいと、ふたたび重い布団をばよいしょと干し終わったら狙っていたかのように雲が太陽を隠すのである。絶対誰かがわざとやっているとしか思えない。こんなことができそうなのは、とあれこれ敵の実体について考えているとドアチャイムが鳴った。出てみると身なりのよい初老の女性ふたりがいて、今日はこのあたりを中心にあちこち訪ねてまわり皆さんの幸せのためのお話をしているのだという。なにか最近悩みやお困りのことなどございませんかと訊くので、今まさに困って悩んでいたところである布団を干すと曇りしまうととたんに晴れるのだなんとかして欲しい誰のいやがらせかなんとしてもつきとめ報復したいものだと思っているのだが、というような内容のことを言ってみたら、顔をひきつらせて挨拶もそこそこに帰ってしまった。あとで思ったのだが、あいつらがいやがらせしていたのではないか。ぼくあほちゃうで。


Back to Index