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SF大会に行った 8/30/98

生まれてはじめてSF大会というものに行く。参加の手続きとホテルの予約は田中啓文氏が、近鉄特急のチケット購入は牧野修氏がそれぞれやってくれたので、ぼくは終止二人の言いなりとなっておればよく大変楽ちんだった。名古屋に着いて不幸にも真っ先に体験したのは死ぬほど気色悪い「きしざる」という食物であったが、このことについては田中啓文氏のホームページに詳しいのでそっちを読んでいただきたい。クトゥルー云々とあって冗談だと思う人がいるかもしれないが、そこに書かれているのは紛れもない事実であり、あんなものが存在するということがいまだに信じがたい。あれを食ってしまった我々三人は、身体的にも精神的にも確実になにか変化しているはずである。

会場に着いてからビールを飲んでのんびりしていたのだが、ぼく以外のお二人はさすがに顔が広くてあちこちから声がかかる。しかも女性が多い。どうせぼくなんか誰も知らんからなといじけていたのだが、そこで初めてお会いした大森望氏がぼくの書いたものを知っていてくれたばかりか、おもしろかったとまで言ってくださったので、いきなりぼくは有頂天となる。その後も続々といろんな人(自慢ではないが堀晃氏にも会った)に会いまくったが、ときどきは「ああ大久保町の」とか「あああの変な翻訳の」などと言われてめちゃくちゃ嬉しい。もっと言うてくれ、と身をよじりながら会場を離れてバドガールのいる店に連れていってもらい、バドガールのこんなん裸といっしょやんかと思うような姿にくらくらしつつビールを飲む。その後名古屋観光ホテルに寄ってビールを飲みながらバカ話を喋りつづけ、宿泊先のホテルの窓のない狭いせまい部屋へ戻って朝の五時までビールを飲みながらアホな話をする。

翌日は昼過ぎホテルを出て昼飯をのんびりとって、それからすでにエンディングに入っている会場へ。またいろんな人(自慢ではないが太田忠司氏にも会った)に会ってビールも飲み、ゲテモノ喫茶へ行って(自慢ではないが綾辻行人氏の隣に座った)いろいろ甘くてひどいものを食し、それからやっと大阪へ戻る。SF大会の二日間、基本的に牧野修田中啓文両氏と行動を共にしていたわけであるが、この二人のおかげでアホな話をずっと喋りつづけであった。しかも途中かなりの割合で小林泰三氏が加わっていてこの方がまたアホな話に勢いをつける名人なのだった。ぼくはみんなのまとめ役として大変に疲れたのである。あ、こらこら石を投げたらあかんいたいいたい。


めちゃくちゃ眠い 8/25/98

ここしばらく眠れない日々が続いており、眠れないなら起きておればよいわと考えてのびのび長い一日を過ごしておったところ、つけがまわってきたのかこの二三日めちゃくちゃ眠い。コンピューターに向かってこつこつ仕事をしているつもりが、突然十年以上前に仲がよかった女子高生に耳もとで「哲弥さん」と呼ばれ、ぎくっとして息を吸い込むと実は寝ておった。あのまま起きずに夢の中にいればなにかいいことがあったかもしれないなあと思ってかなり残念である。いつのまにか寝ていたようだが見れば原稿はできあがっており、いつ書いたかもわからないのに読んでみるとこれが傑作である。というようなことはまったくなく仕事は全然すすんでいなかった。

昼飯のあとテレビのワイドショーに大声でつっこみを入れていると、ずっと騒がしかった外の音がどうやら銃声らしいと気づき、カーテンを開けて見てみるとそこら中の民家の影には小銃を持った兵士が潜んでいて、驚いたことに戦車までいる。これはえらいことだと思ったとたん空からふわりと降りてきた米軍のアパッチ戦闘ヘリコプターがこっちの窓めがけて機関銃を撃ち込んできて、わっと叫んでソファの上で起きたらもう夜の八時だったりした。

それなのにベッドに入って寝ると、四時間くらいで目が醒めてしまうのだ。実にやっかいなことである。


サッカーの試合 8/22/98

神戸の総合運動公園というところへサッカーの試合を見に行く。サッカーなどなんの興味もなかったのだが、某有名国立大学の医学博士に誘われたことでもあるし、今年はビアガーデンに一度も行ってないのでのんびり外でビールを飲むのもいいかなあと思って行くことにした。途中からぼくはまったく試合を見ていなかったものの神戸のチームが大変弱いということだけはよくわかった。それはともかく神戸総合運動公園というのは山の中にあって都会のビアガーデンに比べると空気はいいし、ああいう広いところで、しかも客が少なくのびのびした場所を確保できるのであれば、ビアガーデンにいくより楽しいと思う。ちょっと応援がやかましいけど。

で、帰りには三宮へ出てまたしてもビールを飲み、そのあとゲームセンターで某有名国立大学の医学博士はUFOキャッチャーでホセ・メンドーサのボクシンググローブを取り、それをぼくにくれたのであった。

そして前日ほとんど寝てなかったぼくはまたしても帰りの電車で一駅乗り過ごし、三十分もかけて西明石駅から仕事場まで歩き、仕事場の自転車置き場に自転車がないのを見つけててっきり盗まれたと思って憤慨し、くそったれめがと憤りつつ風呂に入ってそれからやっと気がついたのだが自転車はもちろんぼくが明石駅まで乗っていってそのまま明石駅にあるわけです。


赤ちゃんが乗っています 8/21/98

自動車の後ろに「赤ちゃんが乗っています」と書いて走っているのをちょいちょい見かけるが、あれはなんのためなのだろうか。初心者マークや高齢者マークなどと同様注意を促すもので「この車は横に赤ん坊が乗っていて、突然ばどーとか言いつつハンドルを握りしめたりアクセルの上に顔から落ちたりして車が非常に危険な動きをするので気をつけてください」という意味かとも思っていたところ今度は「マタニティーママが乗っています」というのも見つけた。マタニティーママとは普通の言葉で言うとたぶん妊産婦であってこれを簡潔に表示すると「妊産婦乗車中」となる。隣に乗った妊産婦が突如産気づいてく、苦しい生まれるうまれるとか言いつつハンドルをすさまじい力で握りしめたり運転者の首を絞めたりして車が非常に危険な動きをするので気をつけてくださいという意味か、はたまた運転しているのが妊産婦なので突如産気づいた場合は近くのあなた助けてちょうだいねという意味か。おそらくはまあゆっくり走るけど我慢してくれということなのだろうが、なんとなくよくわからない。

もしかするとただ単に子供が生まれたことや妊娠したことが嬉しくて、それを自慢したいだけなのかもしれない。そんなことするはずがないとお思いか。いや普通はする。でかい四駆の窓にアウトドア用品メーカーのステッカーを貼ったり、カヌーや自転車のキャリアを使用しない普段にもつけたままにしていたりするのはあれは「わしはアウトドア派の自然派でアクティブでどこか知的で健康でかっこいいなあ」と主張したいからに他ならない。人は自分で素晴らしいことをしたなあと感じたり、幸せだなあと感動するとそのことを他人にも知って欲しくなるものなのだ。だがしかし妊娠したことや子供が生まれたことをいちいち見ず知らずの他のドライバーに教えてまわるというのはどういうものか。つまりしましたということですからね。たしかに幸せなことであるし、誰でもすることなのだからいいではないかと言うのであれば、たとえば便秘に苦しんでいた人が二ヶ月ぶりについに立派な便を便器も割れよと勢いよく排出することができたというとき、幸せのあまり車の後ろに「うんこが出ました」と書いて走るものだろうか。なにあなたそういう車を見たことがある。ほんまかそれは。


Yes I would,if I could. 8/17/98

多少酔っていたせいもあるかもしれないが、久々にめちゃくちゃ笑った。野菜を、いっぱい食う、のだそうだ。えらいえらい。


今日はよく動いた 8/16/98

さすがにママチャリで走り回るのは飽きたので、実家にあるマウンテンバイクを仕事場へ持ってこようと思い、車で運ぶことも考えたのだがいっぺん仕事場から実家まで走ったらどうでしょうと考えて実家まで走って帰った。ちょっとわかりにくい話であるがつまり車で帰ってマウンテンバイクで仕事場に戻ると車が実家に残ってしまい、今度帰るときまたマウンテンバイクを使用せねばならなくなる。車とマウンテンバイクが同時に仕事場の方になければ、マウンテンバイクの所在が仕事場へ移ったことにならないわけである。たいそうに説明するほどのことではないのだが。

仕事場と実家の距離はだいたい八キロくらいではないかと思っていたのだがだいたい八キロくらいだったようだ。はっきりわからないのは、途中信号待ちでストップウォッチを止めたのに走り出してもそのままにしていたため、何分間か空白があるからである。何度見ても十分ちょっとで、三回目くらいで気づいてもよさそうなものだが、ある程度走って昔トライアスロンをやっていた頃ランニングのコースにしていた場所へさしかかり、たぶん七回目くらいになる十分ちょっとという数字を見て、ここまでで十分やったら三十分かからんと家まで帰れるがな、こら自転車より速いやないかと思った瞬間時計が止まっていることに気づいたのだった。

というわけで実家まで走って帰り父親にアホとちゃうかと言われテレビで「あるある大辞典」をあいかわらず役に立つことは一個あるかないか程度で、司会のベテラン某氏は台本読みながらカンペ見ながらあんた一回くらいリハーサルしたんかいなと大声で突っ込みつつ見て、それからマウンテンバイクで仕事場まで戻る。やっぱりマウンテンバイクは速い。うんうん。これでロードレーサーの兄ちゃんにほいほい抜かれて歯ぎしりすることもなくなるであろう。よしよし。

仕事場に来てから「情熱大陸」とかいうスーパードライのコマーシャルをそのまま番組にしてしまったような番組を見ていたら、佐渡裕という指揮者を取り上げていた。この人、けっこうおもしろいんと違うかなあ。番組の中では新世界をやっていたが(通天閣のあたりではなくてドボルザークの交響曲ですよ)ちゃんと聴いてみたかった。見ていてめちゃくちゃしんどそうな激しい指揮をするのだ。一瞬、指揮者の物真似を得意とする大道芸人、元祖「明日も元気くん」の元気くんである好田タクトが映ったのかとびっくりしたほどである。なにを隠そう元祖元気くんはぼくの高校の同級生なのである。ははは。しかし一瞬だけだがよく似ていた。

ところでぼくの仮名は「ハラペイ・スリニコフ」らしい。なんなんじゃそれは。

梅雨明け宣言断念 8/15/98

北陸東北地方は梅雨明け宣言を今年は断念するそうである。なんだか妙な話で変におかしかった。だって放っておいても必ずいつか明けるものなのだから「断念」したりせずに「とりあえず終戦記念日だから今日ということにします」とやってしまってもいいのに。はっきりさせるのが心配なら「今年の梅雨明けはおおよそ十日頃でした」というのはどうだろう。たぶん誰も文句は言わないと思うのだが。ああそういえば十日頃に終わったような気がするなあそうだなあと納得するはずである。あきらめてどうするのだ。なんだか「俺もう大人になるのあきらめるよ」とふてくされている高校受験失敗の少年を見ているような気になった。あきらめるなあ。

などと新聞に突っ込んでいたらバートンの新しいカタログが来た。先々シーズン板とビンディングを買ったものの去年はなんにも買わなかったので来ないと思っていたのに今年も来た。めちゃくちゃ嬉しい。買った翌年は来るけど、それっきりというのがこれまでのパターンだったのである。やはり不景気なのであろうか。いやしかしついにバートンがステップインのビンディングを出しましたぞ。ハイエンドはまだ普通のやつみたいだが、ぼくみたいにオリンピックを目指すでもないちんたらしたスノーボーダーにとってはやはりステップインは魅力的である。しかしこれ、ブーツも専用のものが必要なので両方で七万円以上してしまう。ビンディングとブーツを買って板は前のままというのも気持がつらいので板も欲しい。買うなら一番安いChargerというのの(55000円)52かなあとも思うもののSpecial(68000円)の53もいいなあけどぼくには固すぎるかもなあでも来シーズンはハーフパイプもいっぱいしたいしなあでも今持っている板全然へたってないしなあまだまだ使えるしなあお金ないもんなあ銀行通帳真っ赤っかせやけどあんたこのFluid(75000円)というのもかなりええんとちゃうか「安定した着地」と書いてあるがなこれやったら360くらいは跳べるんとちゃうやろか49では短いかなあ買うなら54か迷うなあ迷うなあしかしやっぱり北海道にも行きたいしなあ。

今日は半日それで悩んでおった。とりあえず、はじめからわかっていたことなのだががまんすることにした。しかし買うならやっぱりSpecialかなあ。


昼から夜まで飲み続けであった 8/14/98

昨日は東京から編集者が三人明石へやってきて、というか神戸の用事のついでにやってきて、魚の棚でタコを見物し、タコの干物やらエビやら古いおもちゃ(風雲たけし城の水鉄砲)などを買い、道々ビールとジンも買ってうちの仕事場で宴会をした。いや、これは仕事なのである。打ち合わせ打ち合わせ。というわけで、昼過ぎからずっとビールを飲んで、みんなが帰ってからもなんとなく続きで飲んで、いつ寝たのかなんにも覚えていない。ちゃんとゴミも出してあったし、風呂も入ったようだ。翌日に残るようなことはなかったものの、びっくりしたのは空き缶を捨てようとしたら半分以上残ったやつが一本あったことで、途中で睡魔に襲われてしまったのだろうが実に残念。普段なら絶対しないことである。飲み過ぎはいかんなあと思う。


仕事が進まん 8/10/98

雑用のような仕事も含めていろいろとやることがたくさんあるというのになかなか進まんのでいらいらする。なぜ進まぬのかという理由がはっきりしないためよけいにいらいらし、いらいらするので自転車乗ったり風呂入ったり本読んだりビデオ観たりするのでよけいに進まぬ。そういうときに限って布団のクリーニングの勧誘とか人生の幸福についてのお話とかが続けざまに来るのである。だいたい昼間から人生の幸福について説く人というのはいったいどこから収入を得ているのだろうかと気になって仕方がない。あんなことしていて暮らせるなら、たしかに人に勧めたくなるのも頷けるのである。

まあしかし、とにかく書かねばならんので馬車馬のように働いて牛車牛のようにぎっしゃぎゅうぎっしゃぎゅうと書き進むわけです。こうなったら唐天竺までも行くつもりで働かないかんと思ったりするのであるが、なんでそんなとこ行かなあかんのやと言われると、ああそれやったら阿弥陀が行けと言いました。ああ笑とるわろとる一人だけ。

ごめんなさい今酔っておるのれす。ははは。


暑さでマッキントッシュが 8/8/98

テレビを見ながら仕事をしようとずぼらなことをふと考えて、モニターの左隅に小さくテレビ映像を出そうとビデオシステムとかいうのを起動させると、マッキントッシュが止まってしまい、しかたなく再起動ということをすると驚いたことに再起動する途中で止まる。こんなことは今までなかった。何度目かにやっと起動し、さてはファインダーを英語化するパッチというのを当てたのがいかんかったかと元に戻したところまたしょうもない動作で止まってしまう。こらもう仕事できんから自転車でも乗ろかビール飲もか誰か可愛いお姉ちゃん呼ぼかとほくそえんでいるとやはり再起動で止まる。再起動しないことにはShut Downというのが選べないので電源が切れないのである。これはまいったと一時間ほどもあれこれやっているうち、コンピューター前面にスイッチのようなものがあるのに気づき、これを押したら電源切れるんかなあと押してみたらうまく電源が切れた。むかむかして疲れたのでしばらく放っておくことにし、自転車に乗ろうと思うと夕立が来る。ビールを飲もうと思ったら冷蔵庫にビールがない。昨夜飲んで冷やすのを忘れておった。と言うてお姉ちゃんなんかどこにおるんじゃ誰か世話してくれ。とにかく巨大なダンプカーで市内各地を破壊しまくりたいほど腹が立ってテレビのワイドショーを見ながらアホなコメントにいちいち突っ込みを入れつつ一時間ほど待ち、冷凍庫で急速冷却したビールを飲んで気持を落ち着かせてから起動させるとなんにも問題なくばりばり動き始めた。どうやら暑さのせいらしいと気づき、扇風機をマッキントッシュに当てることにしたところ、それからは数時間なにをしても止まらなかったのだが、すでに缶ビール数本を飲んでしまっていたおかげで仕事はまったくできず、ただ数行を書いては消し書いては消ししていたのであった。そうそう。うちにはクーラーがない。実家にもないが仕事場にもない。これひとつの不思議。


ママチャリの乗り方 8/4/98

ぼくは自転車を六台持っていて、ほとんどがスポーツ車というか早い話まあまあ高価なものである。しかし最近は仕事場のまわりをうろうろすることが多いために、主に母親から譲り受けた婦人用自転車を利用している。なぜこんなものが主になるかというと、二十年以上前のガタガタのママチャリは駅に置いてもどこに置いても盗難の心配がまったくないからで、しかも普段着で乗っている限りどこかへ用事で行こうとしているとしか見えず、いい大人が平日の真っ昼間にただただ自転車に乗って遊んでいるのだということがばれずにすむ。

さてこれの乗り方なのだが、このごろやっと効果的な方法を発見した。まず、ハンドルは少し起こし気味(前輪側へ)にする。こうすると引く力が入りやすく、急な坂をのぼるときの立ちこぎもしやすくなるのだ。シートは低め。というかこれはいろいろ試したのではなく、ぼくの自転車は錆びついていてシートの高さ調整がまったくできないのであるが、たぶんかなり低めの方がいいと思う。で、思い切り体は後ろへ倒すようにして、後輪に体重をかける。そしてペダルは踵で踏む。普通自転車なんかと思っている人は土踏まずで踏み、ロードレーサーやマウンテンバイクなどの場合は親指の付け根で踏むのが基本だが、ママチャリは踵に限る。この姿勢で、ハンドルを引きつつ踵で突っ張るようにしてこぐのだ。ちょうど足の裏に引っかけたロープの両端を手で引っ張るような感じである。これで、少々の坂道なら立ちこぎをせずともぐいぐいのぼれる。ああなんだか知的で健康そよ風になったわ、た、し、と雑誌見てかんちがいして二十万円もするマウンテンバイクを坂道で押すこじゃれた不細工なお姉ちゃんをぎょんぎょん追い抜くこともできるのだ。これは楽しい。みんなもやってみよう。せんか。そうか。


炎天下のジョギング 8/3/98

今日はこの夏最高の気温というようなことで、ぼくの住んでいる明石市でも日中は三十五度を越えていたようである。ぼくは真夏のかんかん照りに走るのが好きなので、今日も走ってみたのだが、本当に暑かった。二キロも走ると、靴と地面との摩擦で靴底が燃えはじめ、驚いてスピードを上げたら脇の下のTシャツまでくすぶりだした。助けてくれと大声を出すと摩擦によって燃えはじめた声帯のため吐く息が炎となり、そのまま全身火だるまとなって家までの数キロを、え、もうええてなにがもうええんですか失礼な。人をね、そうやってね、勝手に嘘つき呼ばわり誰がいつ嘘を全部てどういうこと本当のことだってときどきはちゃんとカレンダーも八月なにがそれが嘘。


正確にアホやアホやと鳴くカラス 8/1/98

昨日の昼間ぼんやり風呂に浸かっていたら、どこからともなくカラスの声が聞こえてきたのだが、これがびっくりするほど正確な大阪弁で「アホや、アホや、アホや」と鳴いている。なんとなくそう聞こえるのではなく、また九官鳥やオウムが喋るようなちょっと日本の腹話術みたいな声ではなく、もしもカラスに猿の惑星並の知能があったとしてそれが日本語を喋ったとしたらああなるであろうと断言できるような見事に活舌のよいはっきりはきはきとした「アホや」であった。ところで今書いた活舌というこの言葉、芸人などがよく使っていてぼくも今でもときどき使うが、これ本当はどういう字を書くのかと万全を期して『新明解国語辞典第五版』を見ると載っていない。『大辞林第二版』にも載っていなかった。日本語ちゃうの? この字でよいのでしょうか。

しかしあの「アホや」のカラス、直接会って話を訊いてみたいものである。なにを訊くかてあんたそんなもんアホてそれ俺のこと言うとるんちゃうやろなあということに決まってますがな。


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