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『病の世紀』の小森さん 8/31/00

 牧野修『病の世紀』(徳間書店)に小森という女性が登場する。ものすごく変な人なのだが、なんとなく似ているような気がするあの人をモデルにしているのだということが呆れてしまうほど明白になる部分があって爆笑した。別の登場人物が小森さんに言うのである。「私はあまり人の趣味には口を出したくはないが、君はインターネットで知り合った妄想癖のある人間をからかって遊んでいるらしいね。あまりそんなことはしない方がいいんじゃないか」
 ぼくもそう思う。

ビルの屋上でバーベキュー 8/27/00

 ビルの屋上でバーベキューをした。普通はそんなことをすると怒られると思うのだが、主催者がそのビルのオーナーだったのでなんでもあり。風はよく通るものの、通常数名のグループで行う場合の約五倍ほどの炭を燃やしていたため肉を食おうと近づくと眼球が痛いほどに熱く、しかし食材はちょっと外で焼いて食うにはもったいないほど豪華であったのでどうしても食わずにはおれず、結果全身汗みどろとなる。
 すると汗をだらだら流しながらビールを飲んでいるぼくを見た年輩の男性数名が、普段涼しいところでのんびり仕事をしているからこういうとき汗をかくのだうらやましい限りだというようなことを言うのであった。自分たちは普段から暑い思いをして働いているためこんなもんくらいでは汗をかかないということらしいが、それは違うのではないかと思う。
 普段汗をがんがんかく方が、汗かきになるはずなのである。昔NHKの『ウルトラアイ』で言っていたので確かである。毎日冷房の利いた涼しいところでほとんど汗をかかずに暮らしていると、だんだん汗をかかなくなって夏バテしやすくなるという実験を双子の漫才コンビ「ポップコーン」を使ってやっていたからまちがいないのである。
 ぼくはめちゃくちゃ汗かきで、滝のような汗というような言い方をするがそんなどころではなく水芸のような汗が出る。ちょっとでも暑いと全身の汗腺から汗がぴゅーと噴き出るのである。およそ三十センチほどは噴き出すので、近くに人がいるときは気を使う。ぼくが夏でも長袖のシャツを着、頭全体を袋で包んでいるのは実はそういう理由があったのである。びっくりしたか。
 しかし仕事だけ考えると体力を使うような作業はまったくなく、一日二十四時間創作に専念しているぼくが、なぜこれほどの汗かきになったのかは謎。

緊張するコラム 8/25/00

 極度に緊張を強いられるコラムを書くため資料のつもりで読んだ本が数十冊にもなってしまったというのに書き始めることさえできず、あまり緊張をしいられない別のエッセイの締め切りが過ぎているのも気になったのでとりあえずこっちをばばばっとそれでも一晩かけて書いて昨日の明け方送ったら、昼過ぎ編集者にあんまり遅かったから載らないかもしれないよと言われ、まあしかたがないがさて例のコラムの方も締め切りだというのでなんとか書き終えたのが今日の夕方。
 二日眠らないとさすがにふらふらして、今日はもう晩飯食わずに寝てしまおうとしたとたん友人から電話がかかってきて今神戸にいるので今から飲みにいこうと言うのであった。今出かけたら死ぬかもしれないので許してほしいの今夜だけはと泣き言を言って仕事場にケンタッキーフライドチキンを買って持ってきてもらう。
 友人はプラモデルの展示会かなにかを見てきたあとらしく、今度の田宮のでっかい戦車は大砲の発射音とともに反動でぐぐっと後ろに下がったりしてすごいが値段もすごくて十万円というような話をし、その展示会でこういうのを買ってきたのだとドイツ軍の小さな兵隊に貼るデカールというのか水でふやかして貼り付ける小さな小さなシールのいっぱい入ったシートを見せてくれたりしたのだったが睡眠不足とビールのせいでそのあたりからぼくの視界には表現しがたいピンクがかった光が充満し、耳元で寺の鐘が鳴り続けているかのような耳鳴りが続くその奥から「ドイツ軍の兵隊」という言葉が聞こえるやいきなり身長五センチほどのドイツ兵が友人のデイパックの中から数百人も足並み揃えてぞろぞろ出てきて、そんなん貼られたらたまらんなあとみんな口々に文句を言うのであった。
 高校のとき○○さん(共通の女友達)は実は俺のことが好きだったのだぞ知らんかったやろあの子は卒業後看護婦になって結婚もしたがすぐに離婚して、というような話を友人がしたのかどうかもわからないがとにかくそんな話が出たとたん当の本人がやはりいきなり友人のデイパックから羽化するセミみたいにめりめりよいしょと出てきて看護婦の白衣を脱ぎながらそうなの好きだったのよどうにでもしてとなぜかぼくの方へ迫ってきたのでへらへらしながらぎゅっと抱きしめたらやめんかと言われ見ればぼくの腕の中で暴れているのはスティーブ・マーティンで、うわあエジプトの踊りやってくださいと喜んだらスティーブ・マーティンはすぐさまエジプトの踊りを踊ってくれてあまりのおもしろさにげらげら笑っていると観客はみんな小さなドイツ兵でドイツ人でもスティーブ・マーティンはおもしろいのだなあと感心すると兵隊たちは馬鹿にするなと怒り十万円の戦車で撃つぞと凄むのでやめてほしいと言ったらではさっきの色っぽい看護婦を出せあらわたしのことかしらそれならみんなで楽しみましょうということになりなぜかぼくはメグ・ライアンと小泉今日子と明石南高校で二つ年上だった山下里美先輩各三名ずつに囲まれてふわふわ喜んでいたところ、コラムに緊張をしいる原因となった大作家が裁判所でぼくを指差し「おまえかこのコラムを書いたのはっ」と怒るのではっと目醒めたらソファで寝ていて朝だった。
 友人がいつ帰ったのか、そもそも来たのかどうかもよくわからない。

ハルキ・ホラー文庫創刊 8/22/00

 角川春樹事務所からハルキ・ホラー文庫というシリーズが創刊された。新聞広告でラインナップを見て、これとこれとこれと買ってこれはあのおっさんがこっちはあのアホがきっと買うから借りることにして、と出費を最小限に抑える計画を練っていると山田正紀氏の『ナース』が送られてきて小躍りして喜び、編集者が送ってくれたのかなあと見れば著者ご本人からで、あまりに畏れ多くてひっくり返って痙攣して座り小便してしまった。田中哲弥も偉くなったものだと腰を抜かしたまま本を抱きしめてうふふと笑いつつ「山田正紀の新刊を本人にもらった」と聞けばひれ伏して下僕と化すであろう友人に片っ端から電話をかけて自慢する。どんなもんじゃ恐れ入ったか。
 と悦に入っていたところ、どかっと小包が来てなにかと思えばハルキ・ホラー文庫創刊分全巻であった。まさか全部もらえるとは思わなかった。作家になれば出版社からいろいろと本がもらえるというような話は噂としては知っていたもののぼくにはほとんど関係なくくれと言ったらしぶしぶもらえるくらいであったのにいやあついに田中哲弥も催促せずに本がもらえたぞとふんぞり返り、誰かに自慢したくてたまらないのでここに書いているのである。どうじゃ羨ましいか。

『スネーク・アイズ』"Snake Eyes" 8/20/00

 蛇の雄は発情期になると独特の動きを見せ、その体のくねらせ方によって雌の気を惹く。これがほんとのスネーク合図というような映画では全然なかった。
 ラストがわけわからんわけわからんとみんなが言うのでエンドクレジットが全部終わるまで必死になって見たのだが、わからんことはなくきっちりわけはわかったもののそれほど意味のあるオチではなくて、ちょっとした遊びに過ぎず肩すかしをくらったような気になった。もしかしてなんか深い意味があるのかなあ。
 オープニングは十三分間カットなしのワンショットというのが売りで、エンディングも八分くらいワンショットなのだがそれらになにか意味があるかというとまったく意味はなく、ただおもろそうやからそんなんやってみたかってんというだけのことで、しかしまあそれはそれでとても楽しかった。意味がないと言って怒っていた人もけっこういたようだけど。ぼくはデ・パルマのそういうとこはとても好き。 
 
『学校の怪談』 8/18/00

 映画『学校の怪談』シリーズ全四作をいっきに全部見た。第四作のノヴェライズを飯野文彦さんがやったので、その興味で見たのだがどれもおもしろくて驚く。子供向けと言っても全然チープな感じはなく非常に良質なエンタテインメントとして楽しめた。日本人であることが悲しくなるような邦画の大作があることを思うと、こういうのは実に頼もしい気がする。もっとやって欲しい。
 一作目では子供のときの岡本綾が出ているし、二作目三作目では前田亜季という子が無茶苦茶可愛くてとてもよかったのだが、それをとある友人に話すと突然声を潜めて「そういうことはあんまり人に言わない方がよい」と言う。なんでかというと「変な人だと思われる」からだそうで、変な人とはつまりロリコンのことでそうかなあそんな風に思われるかなあと首をかしげていたら、その友人は前田亜季といえばガメラの二作目で「ガメラ起きる?」と言う子であり、他にはあれに出たりこれがあれしてと異様に詳しいのであった。変な人だと思った。

臭いうるさい 8/13/00
 
 だらだらと海の方まで自転車を走らせると、どうもやかましくて臭い。大声でわけのわからない歌をがなりたてながら大量に屁を放る生涯絶対風呂に入らないと誓った人々の国際的集会があったとかそういう音や匂いではなくエンジン関係のうるささ臭さである。見れば海岸近くに水上バイクが群れていて、ばおんばおんとけたたましい排気音とともに黒っぽい排気ガスをもうもうと撒き散らしているのだった。
 これからどこかへ行くための準備をしているというようなことではなく、その狭い場所に集った十台ほどの水上バイクはただひたすら行ったり来たりしているだけなのである。もちろんこれは頭が変でまっすぐ走ることのできない人たちのリハビリなどではなく、ターンやジャンプといったいろいろなテクニックがあってそういうものを練習しているのだろうということはわかるのだが、どう好意的に眺めてもこれはめちゃくちゃ迷惑である。なんでもっと人気のないところでやらないのだ。あれでは暴走族以下の単なる馬鹿でしかない。
 このてのものはぼくも嫌いではないので、それなりに楽しいであろうなあとはある程度想像できるものの、基本的に海が好きではないぼくがこの先水上バイクに乗るようなことはまずないわけで、自分に関係ないことがはっきりしたから書くのだがあれはこの世から消えてなくなってもいいもののひとつだと思う。
 釣り好きの友人が常々水上バイクに対して殺意に近いほどの怒りを見せるのを、路上でがんばるスケートボードやBMXを見て顔をしかめる人々と同じような感覚だとぼくは思っていたのだが、たしかに釣りをしているところであれをやられたら頭に来るはずである。喧嘩を売っているようなものだ。ところが水上バイクの青年が釣り人たちに袋叩きのうえ八つ裂きにされてうんこまみれ、というような話は聞いたことがないので釣り人の大半は超人的に我慢強いか馬鹿寸前なまでに温厚であるかのどっちかなのだろう普通は殴る。
 ぼくの友人は空手の有段者でもあるので隙あらばやってやろうとは思っているらしく、先日たまたまいっしょに見ていたテレビで水上バイクに乗ったカップルがなにかにぶつかるかひっくり返るかして死亡したというニュースが流れたとき、まったく無表情にぼつりと呟いていたものである。
「ふたり減った」
 
ラーメン用中華そば 8/12/00

「ラーメン用中華そば」と大きく書かれたトラックを見た。「ラーメン」と「中華そば」は違うのか。なんとなくわかるような気もするがよくわからない。「チャーハン用炒飯」とか「ギョーザ用餃子」なんかもあるのだろうか。
「ラーメン用中華そば」があるということは、ラーメン用ではない中華そばもあるのだろう。いったい中華そばをラーメン以外のなにに使うのか気になる。「スパゲティ用中華そば」「きしめん用中華そば」あたりだとなんか変わってるなあという程度ですむがこれが「遠近両用中華そば」や「飽和潜水用中華そば」などになると専門家の指導がないとなかなか手が出せず「緊急避難用中華そば」とか「夜間戦闘用中華そば」とか「93式近距離地対空誘導弾用中華そば」なんかになってくると、中華そばとはいえ扱い方をまちがえると人命に関わることもあるので充分気をつけるように。

鼻血が止まらない 8/10/00

 どういうわけか横浜から帰ってきて以来、鼻血が止まらない。しょっちゅう出るのではなく止まらないのである。出っぱなし。
 ちり紙を丸めて詰めておくと、しばらくはおさまるので鼻血のことを忘れそうになるのだが、血が止まったわけではないため、うっかりすると吸えるだけ血を吸ってしまったちり紙を通してぼとぼとと血が落ちはじめたりする。おっとちり紙を取り替えなくてはと思い、血を吸ったちり紙なのかただの血の塊なのかよくわからなくなったちり紙を引き抜くと、鼻腔の奥に溜まっていた大量の鼻血がどっと噴き出してパソコンのディスプレイは血に染まりキーボードは血の海に流れ、全身血を浴びて真っ赤っかとなる。めちゃくちゃやっかい。
 何日間も鼻血が出っぱなしとなるとちり紙の量も生半可ではなく、血に染まったそれらをポリ袋に詰めちょうど明日というか今日は金曜日ゴミの日であるので、そろそろ寝ようかという朝八時過ぎにゴミを出してやれやれと思ったらすぐさま背後で悲鳴が聞こえた。なにごとかと見れば犬の散歩をしていた老婆がぼくの出した血にまみれたゴミに気づいて硬直している。ほとんどちり紙しか入っていないのだが、どれも吸えるだけ血を吸っているのでたしかにゴミ袋は血でどぼどぼ。死体でも入っているようにしか見えないのである。あーそれは違うんですただの鼻血ですと老婆の方へ引き返そうとしたのだが迂闊であった。ぼくは全身血まみれでそのときもまだぼとぼとと鼻から血を流していたため、悲鳴をあげつつぼくの姿に気づいた老婆はそこでけくっと言うような音とともに悲鳴を終えて白眼を剥き、それからスイッチを入れ替えたかのようにぎゃあーっと町内全土に響き渡る大声で絶叫しはじめたおかげで近所の人たちはなにごとかと飛び出てくる警察は来る消防車は来るワイドショーも来る。
 テレビカメラや町内の人々に取り囲まれた中、これはなんですかと問いつめる初老の警官に鼻血ですと答えたらふざけるなと殴られ、鑑識の人がぼくの出したゴミ袋を破って開けると大量の血とともに中から女のものと思われる長い髪の毛がどろどろ出てきたので大変驚く。
 そういえば奥さんの姿を最近見なかったなどと言い出すおばはんまで現れて、もともと奥さんなどいないと弁解しようとしたところで、やっと起き出してきた妻が包帯だらけの痛々しい姿で鼻血のことを説明してくれたため人々は納得し事なきを得た。
 ひどい目にあったと思いながらベッドに入ったのだが鼻血が出続けているため息苦しくて横になっていることができない。どうしようかと途方に暮れていると、火傷がまだ治らず全身から血膿をだらだらと流している妻が、あたしに比べればまだましじゃないのと髪のない目鼻のはっきりしない顔で笑い、いつものようにすすってあげると言ってぼくの鼻を口に含んで鼻血が出るそばから全部ずるずると飲んでくれたのでやっと眠ることができたが、大量に血を失ったせいか体がだるい。

横浜でSF大会 8/4ー6/00

8/4

 五日六日と横浜でSF大会があり、呼んでいただいたのでのこのこ出かける。昼過ぎの新幹線に乗ったところ、新大阪から隣に座ったおっさんが身の丈四メートルはあろうかという巨人で高さもすごいが幅がすごい。仕切というのか手すりというのか、座席と座席の間の棒状のものを無視してぼくの席を侵食する。公園のブランコのまわりを囲んでいる手すりの、すぐそばで育った松の木が鉄の手すりを飲み込んで大きくなっていくかのように、もはや椅子の仕切はおっさんの腹の中に完全にめりこんでしまっているのである。おかげでめちゃくちゃ窮屈な中、それでも熟睡して東京に着く。
 夕方から編集者と会い、怒られ、その後飲みにいき、なぜか朝の五時くらいまでホテルで喋り、いつ寝たのかどうやって風呂に入ったのかわからないまま気づくと腕時計のアラームが鳴っていて起きる時間であった。

8/5

 でろんでろんの寒天状となった体をずるずると移動させてなんとかSF大会の会場であるパシフィコ横浜とかいう場所に昼過ぎやっと辿り着く。前日昼頃出発前にカップラーメン一個食べただけで、夜はほとんどビールばかりでろくすっぽ食べなかったため腹が減っているというよりは明らかに「燃料切れ」という感じだったので、とにかくなにか食わないと死ぬと思い一番最初に目に入ったカレーをビールで流し込んだ。腹は膨らんだが疲れは倍増し、気分も悪くなってきて帰ろうかと思う。
『電撃SFの部屋』という企画に呼ばれていたので、訊かれたことには答えたものの他の人たちの喋っていることの半分は理解できなかった。ジェネレーションギャップなのかなあ人気のある人々と関係ない人とのギャップなのかなあ。おどおどしていたせいか中里融司さんが気を使って何度か話しかけて下さったりしたのだが、猛烈な疎外感に一刻も早く帰りたくなる。
 そのあと浅暮三文さんとタニグチリウイチさんにばったり出会って少し話し、いやいやながら田中啓文小林泰三に合流する。我孫子武丸さんもいて相変わらず鬼のような形相で民衆を威圧しながらのしのし歩き回っていたが、驚いたことにその横には美人の「同伴者」(ゲストの「同伴者」は参加料が無料になるらしい。胸に名前ではなく「同伴者」と書いた名札をつけているのが妙に差別的でよかった。参考までにこのSF大会の参加料は二万二千円)がいて、理不尽な怒りを覚えつつ挨拶すると某社編集者のCさんであった。以前にもお会いしたことはあり、ずっと仕事をさせて欲しいと切実に願っていたこともあったのでにこにこ相手をしてもらえたことに喜び横浜に来てそこで初めて機嫌が直った。来てよかった。
『仮面ライダー』の新しいシリーズでワルモノがいかに残忍な殺し方で女子高生を殺すかということを、えんえん細かく細かくにこにこ嬉しそうに話す小林さんとだらだらすごし倉阪鬼一郎さんの肩の猫が二匹になっているのに感心したりしているとなぜか『ハードSFのネタ教えます』という企画に参加させられてしまい、ここでもやはりなにが話されているのかさっぱり理解できないまま、そうかこつんと当たるのでゆっくりになってタイムパラドックスは起こらないのだなあとバカのような納得をしてから、ふたたび小林さんの残虐描写をだらだらと聞き、今度は牧野修さんのいる企画を覗いてその後合流。ところが驚いたことに牧野さんの横にも美人の「同伴者」が婉然と立っているではないか。やはり理不尽な怒りに襲われつつご挨拶をしたのだが、その美しい人、南智子さんはにっこり微笑んでくれたどころかぼくの書いたものも知っていてくれたので舞い上がる。ここからぼくはちょっとおかしくなったような気がする。
 ガイナックス武田さんや大森望さんたちに連れられてイタリアレストランに行く途中もなんとなくぼくはふわふわしていて、背後で小林牧野のふたりが観覧車を指さし、あああそこにゴジラがいましたねそうですなぼくは見ましたぼくも見ましたちょうどあそこですそうですあそこです見ましたみましたというようなアホ全開の話をしているのに呆れ果てながらもあまり気にならず、レストランでは前にCさん左に南さんという完璧な席を確保することに成功し、右に座っていた南澤大介さんには『YAKATA』のサウンドトラックのCDをいただいたりして大変満足。斜め前に小林泰三がいてあいかわらず人の死に様や義憤について語っていたがあまり気にならなかった。
 満ち足りた気持ちでホテルに帰り、明け方までおなじみの人々とビールを飲む。よく覚えていないが我孫子さんが「だってぼくは正しいことしか言わないでしょ」と力説していたように思う。「正しいことしか言わないから、まちがっていない」のだそうだ。

8/6

 昼頃会場に戻り、なぜか「カレー食べましょ、ね、ね、ね、食べましょ食べましょうよおカレーカレーカレー」と袖を引く牧野さんの勢いに負けて、前日と同じカレーをまた食べる。カレー坊主はカレーが大好き。『最強の悪者対決』という企画で、山田正紀さんの完璧なネタの前に田中啓文の駄洒落がものの見事に粉砕されるのを眺めて喜んだあと恐れ戦きつつ山田さんにご挨拶をする。『血の12幻想』を持った女性がやってきて、いっしょにいた田中啓文さんにサインを頼んだので次にはぼくに来るのかなと思ったらぼくの横を素通りして行ってしまいその場で呪い殺そうかと思ったのだが、直後Cさん南さんと合流したのですぐに機嫌は直る。
 菅浩江さんの『日本人補完計画』という企画で、日本舞踊では鷺の羽は蝶々よりもぐにゃーと巻き込むのだと学んだあと啓文さんと前に出てどうでもいいことをもそもそ喋り、牧野さんにボンデージの快楽について教えてもらい、話の途中で突如大会関係者らしき人が勝手に怒鳴りはじめたためなにごとか失礼なと怒る余裕もなく呆然と終わり部屋を出ると南さんがにっこり微笑んで「とても可愛かった」などと言うので倒れそうになった。
 毎度のことながらそのあとは我孫子さんの先導で、中華街に行くことが決まった。タクシーでは南さんの隣に座り、料理店では少し離れていたもののやはり南さんの隣に座って牧野さん言うところの「もちゃーとしたもの」などを苦しいほど食べ、店を出てから石川町駅まで今度はCさんと並んで歩き、来てよかったなあとしみじみ思う。なにおまえは美人さえそばにいれば他はどうでもいいのかとなあたりまえじゃ他になにがある。
 華やかな女性ふたりと別れたあとは当然くたびれたおっさんばかりとなって突如空気は重くあたりは暗く着ているものまでみすぼらしくなり、そのうえ新幹線が遅れていたり、ちょっと大丈夫かというほど暑かったりしてつらく苦しい道のりであったが、新幹線車内で買ったショットボトルという新しい缶ビールの缶について我孫子さんが「おそらくエコロジーを考慮してのことであろうがこの形状をとるメリットとはいったいなんなのであろうか」と、なぜそこまで気にするのかよくわからないほど熱心に「この部分は相当堅い」とか「相当堅いですほらほら」とか「はっはあ、こうなってるのかなるほどなあ」とか「でもこの部分は相当堅い」など研究を続けるのを楽しく拝見しつつ帰ってくる。
 新しい仕事の話もいくつかあったし、前回前々回に比べても非常に充実したSF大会であった。しかし一番の収穫はなんといっても南智子さんに脇腹をくすぐられたことであろう。卒倒するかと思った。

散髪 8/2/00

 あまりに長くなってきてしまったので、耐えきれず散髪に行く。今回は特に襟足が長くなってしまい、ふと上を向いたりした拍子に背中に髪の毛がぱさりと当たって大変だった。そこまで長くなった経験がないのと、ずっと虫だらけの山奥で暮らしていたせいとで、その感覚はムカデか毛虫が背中を這ったものとしか思えないのである。というわけで上を向くたびムカデが来たっと驚き大慌てで背中を叩き、急激に無理な姿勢をとるため肩や脇腹の筋肉が攣りそうになっていたたたたなどと叫んでのたうちまわりそれでも目はどこかにいるはずのムカデに備えてぎろぎろとあたりを見回し、たまたまその場面に友人が居合わせたりすると「あ。えと。うん。そろそろ帰る」とキチガイを見る目になって帰ってしまうのであった。 


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