Date: Tue, 22 Aug 2000 23:57:48 +0900
From: S
Subject: ぷろじぇくと・ぺけ



Sです。
レポートをいつまでに何本書くのか、忘却の彼方・・・

御覧になったと思いますが、今日、NHKのプロジェクトXという
番組で、すばる天文台を取り上げていたので見てみました。
天文学者の夢と技術者の苦心が望遠鏡として結実する物語、と思いきや、
会計課長の予算獲得ばなしで、なんかなあ・・・まあ、あの番組は
作りがくさくて実のところ余り好きではないが。
日本の科学行政の貧困さを知らしめるという点では、非常に
意義あった番組ではありますね。「そんなの何の役に立つ」といった
文教族の議員って、誰のことなのかな?

さて、塩野・司馬の比較は極めてもっともなことです。
小生も両者の類似性には以前から注意していましたが、
一番気になるのが「財界人」という人種の賞賛を集める点ですね。
これについてはいろいろ述べたい点もありますが、詳細は措くとしまして、
一つ言えば「財界人」はそれを読んで歴史を分かった気になり、
極めて短絡的に自己の経験と歴史を結び付けるのです。
そして自らの経営論(半ば自慢話)に箔をつけるんですね。
これは文芸書としての優秀さとは違った話で、受け手にその責任が
ある訳ですが、晩年の司馬は小説ではなく対談ばかりやって、
そのような受け手の解釈を利用して商売しておったのです。
現時点では、塩野七海は、「ローマ人の物語」に作家として
真正面から取り組んでいるようなので、その点では司馬よりか
良いのではないかとの印象を持っています。

内藤> 大事なことは、そういった、書物の中の人物像が、ひとつは生き生きと
内藤> 感じられること、歴史というものが化石ではなくましてや
内藤> 空想でもない実在であるということを感じられることであり、
内藤> それができるならば司馬氏や塩野氏の業績は大きい。
内藤> それと実際の史実とのギャップを理性的に判断できるかどうかは、
内藤> 読者にかかってくる部分も多いのではないでしょうか。

正にそのとおりであると思います。
実のところ、先のメールで述べたかった力点は、松田教授自身が
疑似科学について述べている人間の考え方の過ちに
類似したパターンを歴史分野で行っている、という解釈が
できるなあと、意地悪く考えてのことなのでした。
そう、あの書評の内容が「財界人」のとそっくりだったので・・・
古代ローマの論理を現代同様に解釈するって、身近な感覚で
量子論を解釈するのとおんなじじゃないのか?
ああああ、思考がゆがんでるう。

ま、思考の歪みはいつものこととしてご寛恕下さい。
ではまた。