Date: Mon, 03 Jul 2000 04:59:25 +0900
From: S
Subject: Re: 科学教育の意義と目指すところ



こんにちは。Sです。

電車の中に、科学館(だったっけかな?)で夏休みに科学実験を子供が
実際にやってみるというイベントの宣伝があって、これはいい企画だなあと
思ったら5日間しかやらないそうです。やっぱ科学教育する側の人手も
足りてないんでしょうか。

さて、ML上の議論は大変興味深く拝読しました。
いろいろ思ったこともあるんですが、一つだけ関連の有りそうななさそうな、
そんなお話を書かせて下さい。

社会学で、「文化的仲介者」という話を聞きました。
より先端的に、専門的になっていくいわゆる「知識人」のなしたことを
大衆に伝達する役回りの、新しい知識人です。
いわば、知識の仲買人ですね。
しかし彼等は知識人に従属する存在ではありません。
大衆との関連の場を作る、その力を持っているがゆえに
彼等が作った舞台上で、人々が踊らされる状況を惹起するのです。
この「文化的仲介者」の例は、広告代理店やテレビなどの
プロデューサー、コンサルタント、などが挙げられています。
そして、テレビに出ることが知識人にとってもある種格付けに
なるように、「文化的仲介者」は知識人を大衆化する
力をも持っているのです。

科学の分野においては、やはり先端が大衆には全く
理解不能なほど進んでしまい、それがために「文化的仲介者」の
役割が大きくなって来ているのだと思います。
しかし仲介者が代表する利害は、科学の世界のことを
念頭に置いている訳ではありません。
彼等は彼ら自身の利害に基づいて行動し、科学の世界自体を
自らの都合に合わせ再編するように行動するのです。

大衆は理解できない科学の世界に関し、無関心に成り勝ちです。
その結果、科学が、身の回りの利害に直接関わることに
「文化的仲介者」によって改編されない限り、関心が抱けません。
そしてどうなるかというと、生物学の最先端の業績は
製薬企業の株価の変数としてしか理解されなくなるのです。

科学教育においてのギャップというのは、「文化的仲介者」たる
教育者と科学を担うものとの認識の差でしょうか。
大衆に対するイニシアチブを、科学を担う者自体が
些かなりとも奪回できるように、なにか方策があればと
思うのですが、あいにく思いつかないのです。

実は今まで書いたことは序論で、ここから本腰を据えて
議論をしたいのです。また、内藤さんの書かれた内容に
直接レスをつけて語りたいこともあります。それに軍事ネタも
思う存分検証したいし。ですが、小生は目下個人的トラブルで
内藤さんにメールを書く時間と精神的余裕が取れないのが現状です。
このメールも返事が遅れた挙げ句こんな時間になりました。
精神が落ち着けば、また続きを書きます。
内藤さんが皆さんと実りある議論をされていることを
科学の将来のために喜ばしく思いつつ、一旦筆を置きます。