こんばんわ。Sです。
毎度筆が遅くて汗顔の至り。
「宋家の三姉妹」を見てきましたが、予算の都合か
重慶爆撃シーンで単発機しか出てこないのです。
96陸攻はどこいった〜!
本題ですが、
内藤> 解析する手法は卓越していて、
内藤> 手に取れるものについては非常に詳細に議論できても、
内藤> その努力が全体の中でどのような位置づけなのかについての
内藤> 認識が欠けていると感じます。
同感であります。そして、全体を見通して細部の解析の方針を
定めるのではなく、近視眼的な解析方針を正当化するために
全体の方針をこじつけることが多いような気がしてなりません。
学問をそのこじつけ手段に貶めることは断じて反対しますが、
どうも現在はそれを「開かれた学問」「産学協同」などと
もてはやしている傾向があるのではないでしょうか。
内藤> その部分を、「技術」的な心眼とよんでいるのでしょうか。
小生も心眼について把握しきったというわけではないですが、
心眼とは解析して表す事の出来ない、世界認識の手法と言えそうです。
個々の解析の細部のみならず、全体を見通す力という意味で、
この話題に関連すると思っています。
本来もっと長々書いたのですが、メーラー不調で一旦消えてしまい、
今夜は睡眠の都合から書き直しはこのあたりで限界です。
申し訳ないですが、続きはまた後程。
それでは。
小生は新歓の都合で駒場にはしばしばおります。