Date: Tue, 28 Mar 2000 14:31:08 +0900 (JST)
From: NAITOH,Seiichirou
Subject: Re: 科学と技術とか



S様
内藤です

S> 小生も未だ一読したばかりで、内容をしっかりと把握できたという自信が
S> あるわけではないのですが、極めて興味深い内容であることは確かです。
S> 以前、「科学技術」と一言で括られがちな科学と技術の関連について
S> 話し合ったこともあったと思いますが、それについて啓発される所大なる
S> ものがありました。

「技術屋の心眼」という本については初めて知りました。
読んでみようと思います。

S> しかし二次大戦後のアメリカでは、「科学」が「技術」よりも大切であるかに
S> 思われたが為に(それには冷戦による政府主導の軍事技術開発も
S> 大きく影響しています)、技術のあり方が歪んでいるとしています。

アメリカの戦後に置いては、「スプートニクショック」というものが
落とした影が非常に大きいと言うことができます。
「遠い空の彼方に」という映画(見ていないのですが)はちょうどその時代を描いていますが、
アメリカの理科教育は、その衝撃によって大きく変わっていくのです。
単なる産業上の技術から、「科学」が重視されるのは、そう言った背景もあるのでしょうか。
ただ、本当に感覚的に科学が上位なのかは疑問です。

S> そして、工学教育の問題点を列挙しており、数学的に解析できることの
S> 方が教え易くテストもしやすいので、学生の心眼を養うよりも
S> そちらに偏りがちなのだと述べています。
S> さらにはコンピュータ化の問題点にも触れています。

たしかに、日本でも、数学的な解析はできても応用できる目が育たないような
工学教育の問題は感じられます。それは、技術に限らないことでしょう。

ただ、数学的解析の方法を学ぶことと、それを自然界に適応して行く態度とのリンクは、
実際日本の教育ではされていないのではないでしょうか。
現象を解析してアプローチをしていくということではなく、
数値が与えられればそれをいじることができる。
最近流行の情報処理でも、与えられた情報を集めることはできても、
情報の吟味や、その情報の意味についての考察など、
本来それが置かれている社会との相関を推し量る力、
何よりそこから自らの結論を導くような論理性は欠落しています。

S> 具体例としてハッブル望遠鏡の話なんかも載ってるので、内藤さんが
S> 読まれても面白いと思います(既に読まれてましたらごめんなさい)。
S> 小生は要塞の写真が載っているのを見て衝動買いしたのですが・・・

ハッブル望遠鏡の評価が気になります。
HSTが与えた衝撃というのは、非常に大きなものがあります。

S> 少なくとも、彼らにはモノを地道に研究して人類の文明の成り立ちを
S> 知るということに関心があるとは余り見えません。それは下手をすれば
S> 彼らの幻想とあい反することがありうるから。
S> 関心を持ってもらうのはよいことですが、しかしこのような受容の
S> され方でいい筈はないのです。

これも、先ほど述べたことと同じで、解析する手法は卓越していて、
手に取れるものについては非常に詳細に議論できても、
その努力が全体の中でどのような位置づけなのかについての認識が欠けていると感じます。
その部分を、「技術」的な心眼とよんでいるのでしょうか。
しかし、それは科学、考古学を問わず、すべて学問に置いて同じように
現れている害であると思います。
手先の起用さやテクニックばかりが評価され、本質追究がされない。
経済成長の中で、即効的な成果を求められた精神性の悪弊なのでしょうか。

S> 今週は駒場にしばしば足を運ぶ予定ですので、機会があれば
S> お会いしましょう。また水曜日には映画「宋家の三姉妹」を見に
S> 岩波ホールに行くつもりです。今月一杯で終わりなので。
S> もし時間があるならば見に行きませんか?

今週は、30日まで一日中バイトが入り、なかなか時間が取れません。
来週前半は天文学会を覗こうと思っています。
時間ができたら、駒場に向かおうと思います。
その時は、また連絡いたします。

では。