About this scenario | |
このシナリオの最初のEsquisseは、1994年の駒場祭を訪れ、プラネタリウムの「ソフト」という面を意識したときに遡る。高校で小規模のプラネタリウムを自作し、文化祭で好評を得た直後のこと、ハード的にも内容的にも未熟ながらも得ていた達成感は、圧倒的な規模、投影機の完成度と多様性に崩れ去り、ソフトによるプラネタリウム空間の演出に刺激を受けた。 いずれこのサークルに入る暁には必ず自らシナリオを作ろうと、その時点で心に決めた。その時見たのは、当時05の代のソフトで、学校の見学で興味もなくプラネタリウムに来た主人公が、夢の中で勇者ペルセウスとなり光害魔王を倒し星座を救う、という、夢落ちのファンタジーであった。分かりやすく楽しいストーリーで観客も満足していたが、私にはひとつ引っかかるものがあった。 人は、光を捨てることに本当に賛成するのだろうか。「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきた」という台詞がTVで流れる2年前のことだが、経済繁栄の象徴として氾濫する光に満足を得てきたこの国の民は、光を消すことに価値を見出すだろうか。「人は火を捨てることはできない」。主人公を嗤う執政長官との問答と大衆への悲観的な不信は、ナウシカ原作に傾倒していた自分の感覚なのだろう。 闇を取り戻すため光を消した主人公が、英雄ではなく破壊者として市民の手で斃れるエンディングは、この時点でシナリオの基礎となった。1997年の冬からシナリオを準備する際にこのアイディアを発掘し再編集したが、このとき生み出した「Credo」という人物には、当時熱中していたロマン=ロランのフランス革命戯曲の影響を色濃く見て取ることができる。 結局、星語りと革命劇を結びつける展開が構築できなかったため、まったく誰の目にも触れないまま再び埋没していたものを、今回再構築するに至った。急拵えのため、構成が非常に粗いことは御容赦。 |
Voice Image | |
このシナリオについては、特別な声のイメージは構想時には持っていなかった。再編集時にイメージしたものについてのみ記載する。 | |
Cast | |
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Eliot Swift |
森川 智之 |
Rolfe Gardiner |
檜山 修之 |
Credo Danton |
石野 竜三 |
Ferrie Granpater |
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Beatrice |
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Arman Mayer |
立木 文彦 |
| Geran Cloud |
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エンディング・テーマ |
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特に特定の曲の指定はない。また、ボーカル曲は想定していない。 |
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Image conte | |
このソフトは、アニメーション的な映像イメージがあり、絵柄もそれに応じたものにする可能性があった。 | |