| タイトル | 個人の尊厳と言うもの |
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| 名前 | S.Naitoh (管理者)さん |
| 日付 | 2004/06/15 01:34:22 |
| 平沼某元大臣が考えるには、「個人の尊厳が行き過ぎて人を殺している」ことになるらしい。 "個人の尊厳"とは、自律し独立した個人が相互の存在を尊重しあうことによって実現するのではないか。 個人の尊厳が行き渡っているならば、どうして安易に個人を損なうことを自身に容認できようか。 一国の大臣経験者とも思えぬ見識の無い、愚にもつかぬ発言をなさったものだと思う。 この事件は、「個人の尊厳などというものがこれっぽっちも理解されていない」ことによってこそ生じたのだ。 当然である。国を導くお方自らが“個人の尊厳のありか”を理解していらっしゃらないのだ。 そんな社会で教育された子供がどうしてそれを理解できようか。 これを契機に「公教育」とやらで倫理やら何やらを徹底しようというつもりなのだろう。 自らの判断に基づいた行動倫理、思考能力を育成せずに異質物を排斥するような公共概念を植えつけて、 それで個人の尊厳が成立すると思うのだろうか。 必要なのは個々人の哲学であって、その個人が自力で吟味も納得もしていない“道徳”等ではない。 道徳とはそれが徳であることを理解した上でのみ意味が生じる。 愛国心とやらも同等だろう。 結局、一度も市民革命を経験したことの無いこの国の人間、特に古い世代は、 封建制度の昔からお上に治めていただく犬の精神性から抜け出していないのだ。 あまりにも人間を馬鹿にした発言ではないか、政治屋よ。 | |